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2 家族
面接試験を終えて、聖夜と柊は帰路についていた。中学まで、毎日歩いた通学路である天ヶ原商店街。ここには、飲食店から武器屋まで多種多様な店がある。天ヶ原町のショッピングモール的存在だ。
今はすっかり日も傾き、店を閉めた建物も多く、昼間の活気が嘘のようにひっそりとしている。
「はぁ~頑張った……」
「聖夜、面接大丈夫だった?」
「緊張したけど、言いたいことは全部言えたと思う。柊は?」
「私は問題ないかな」
「自信満々……羨ましいよ」
「あ、あれ!眞冬兄さんじゃない?」
柊が指さした方向には、背の高い黒髪の男の人が居た。大きめのサイズのトレーナーをだぼっと着ており、すらりと長い足をしている。その男性を2人はよく知っていた。
「ほんとだ!眞冬兄ちゃんだ!」
「眞冬兄さーん!」
聖夜と柊が駆け寄ると、眞冬はニカッと白い歯を見せた。チラリと見える両耳の紫色のピアスが、夕日に当てられてキラリと輝く。
「2人ともおつかれ!どうだった?」
「戦闘試験は楽勝だった!」
「眞冬兄さんが特訓してくれたお陰だよ」
「そっか!良かったな、2人とも」
「まさか眞冬兄ちゃんがあんなに強いとはなぁ……動き全部読まれるし、フィジカルも強いし……」
「あはは!まぁ、俺強いからな」
「自信満々ね……」
柊は呆れたように溜息をついた。先程までの柊も似たようなものだったことを思い出した聖夜は、少し苦笑いしながら、眞冬に別の話題を振った。
「そういえば、眞冬兄ちゃんは探偵の仕事どうだった?」
「俺の仕事?ま、今日もバッチリよ!」
そう言って眞冬は親指を立てた。
……神崎眞冬。彼は探偵業をしており、この辺りでは有名なのである。小さな探し物から、人探しや事件解決の協力まで、多岐にわたる依頼を受けている。
聖夜達を引き取った家の娘と幼なじみであり、たびたび2人とも顔を合わせていたため、2人にとって兄のような存在なのだ。
「ところで……夏実姉さんには会った?」
そして、聖夜達を引き取った家の娘、瀬野夏実。しっかり者で面倒見が良い花屋の看板娘で、2人の姉のような存在である。
柊が尋ねると、眞冬は苦笑いして首を振った。
「いや……俺が2人の特訓に付き合ってたこと、まだ怒ってるみたいでさ」
「ならさ、俺達と一緒に家に来ない?俺達からも話したら、夏実姉ちゃん許してくれるかも。な、眞冬兄ちゃん!」
「どうだろうな……」
「ケーキでも持っていって謝れば許してくれるよ。ね、眞冬兄さん」
「ケーキか……今月まだ依頼料受け取ってない……って」
眞冬は2人にキラキラした目で見られて、諦めたように笑った。
「はは……そうだな。2人も頑張ったし、ケーキ買いに行くか!」
眞冬の言葉に、聖夜と柊は目を輝かせる。
「やったー!眞冬兄ちゃん、早く行こう!」
「お店終わっちゃう前に急ご!」
「おいおい、2人とも焦んなって。ケーキも店も逃げねぇからよ」
2人に手を引かれながら、ぼんやりと月末までの生活費を心配する眞冬なのだった。
* * *
ケーキを買って、3人は「フラワーショップ瀬野」と書かれた赤い看板のある建物の目の前に立っていた。当然ながら、もう既に店は閉まっているし、辺りもすっかり暗くなっている。
「……緊張するな」
眞冬が呟く。
「よし、深呼吸して……」
「ただいまー!」
「夏実姉さん!今日の晩御飯、何ー?」
「あ、ちょ、おい!」
眞冬が落ち着くのを待たずに、2人は玄関を開けた。すると、栗色の髪を肩まで下ろした、整った顔の女性が玄関にやって来たのだ。彼女が、聖夜達の言う「夏実姉ちゃん」である。
「おかえり……って、眞冬……」
夏実は眞冬を見つけるなり気まずそうな顔をする。
「な、夏実……あのさ」
何と言えば良いか、眞冬が考えを巡らせているその時。台所から、エプロンを付けたままの夏実の母がやってきた。
「2人ともおかえりなさい!あら、眞冬君も一緒なのね!」
「あ、明子おばさん!」
明子は、眞冬を見るなり、嬉しそうに目を細める。そして、彼が手に持ってるケーキの箱に気づくと、顔をぱぁぁっと明るくして言った。
「ケーキ買ってきてくれたの!ありがとね。折角だし、晩ご飯うちで食べて行きなさいよ」
「いいね~」
「眞冬兄ちゃん、早く上がってよ」
双子に背中を押され、眞冬は戸惑いながらも家に上がった。
* * *
(気まずい……)
眞冬がごきゅっと音を立ててハンバーグを飲み込むのを横目に、夏実は黙ってハンバーグを食べ進めていた。
「……夏実姉ちゃん、まだ眞冬兄ちゃんと喧嘩してる?」
聖夜が妙な空気を察して声をかけた。すると、夏実は眞冬から顔を背けて短く答える。
「してない」
「仲直りしなよ」
柊が苦笑いすると、夏実の母が笑った。
「夏実は眞冬君に怒ってるんじゃないのよ」
その言葉に眞冬と双子は目を丸くした。
「聖夜君と柊ちゃんが心配なのよね、夏実」
「母さん……!」
「だって、2人がアビ課を受けるの最後まで反対してたじゃない」
夏実は母を睨むと、溜息をついた。
「2人が誰かのために頑張りたいから、アビ課を受けたのは分かる。でも、何も戦う必要はない。怪我をして、苦しい思いをする必要もないでしょ」
そこまで言って、夏実は目を伏せる。
「……でも、2人が選んだ道なら、私は何も言えないよね」
「なんだ俺を怒ってたんじゃなかったのか……」
眞冬がぼそっと呟いたのを、夏実は聞き逃さなかった。夏実は眞冬を睨みながら、静かに、しかし早口で自分の気持ちをぶつける。
「でも、2人が戦うのを後押しするのはできない。それを隠れて後押ししてた眞冬のこと、まだ少し怒ってるから」
「やっぱり怒ってるんじゃん!」
「はいはいそこまで。食後のデザートに眞冬君が買ってくれたケーキ食べましょ!」
夏実の母がケーキの箱をテーブルに持ってきて言った。
「俺ショートケーキ!」
「私はチーズケーキ!」
双子が喜んで箱からケーキを取り出すのを見て、夏実は溜息をつく。
それを見て、眞冬はモンブランを差し出した。
「夏実はモンブランだろ」
「……ありがと、眞冬」
夏実はモンブランを受け取りながら、小さな声で言った。
「今度からは一声かけて。私、2人が危ない目に遭って……あの子みたいなことになるの、怖いから」
「……ごめん」
「うん……もう、いいよ。ほら、食べよ。眞冬もモンブラン好きでしょ?」
「ああ……うん、そうだな。食べるか」
2人が仲直りできたのを見て、双子は顔を見合わせて笑った。
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