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16 花琳の想い
花見を終えてしばらくしたある日、聖夜は自室のキッチンで目玉焼きを作っていた。そして、その様子を柊が傍らで熱心に見つめている。
「……はい、これでできあがり。簡単だろ?」
聖夜は予め野菜を盛り付けておいた皿に目玉焼きをのせて、柊に差し出した。
「すごい……」
柊は綺麗に焼けた目玉焼きを見て目を輝かせる。
「柊にもできるよ」
そう言うと聖夜は味噌汁を盛り付け、小さなテーブルに置いた。テーブルに2人分の朝食が並ぶ。
「いただきます」
2人は行儀良く手を合わせてから、食事に箸をつけた。
「急に呼ぶから何かと思ったら、まさか朝ご飯を作ってくれるなんて……」
柊がそう言うと、聖夜は笑いながら口を開いた。
「ちゃんと食べてるか心配だったんだ。それに、料理覚えたら柊も何かと便利だろ?」
「……頑張る」
聖夜の言葉に、柊は苦笑いする。やはりまだ料理に苦手意識があるようだ。
これから、料理が出来るように頑張らなくては。柊は少し重たい気持ちを誤魔化そうと、聖夜が作ってくれた目玉焼きを口に運ぶ。
半熟の、少しとろっとした卵の黄身。この焼き加減は、聖夜と柊の好みだった。
(……おいしい)
柊は顔を綻ばせながら、箸を進める。その向かい側で、聖夜も、もぐもぐと口を動かしていた。
こうして、2人が向き合いながら食事をするのは、いつぶりだろうか。
部屋が別れて食事も各自になって以降、2人で食事をするのは初めてだった。
(なんだか、特部に入る前みたい)
今では、聖夜も柊も、すっかり特部に慣れ、それぞれに任務が与えられることも増えてきたため、これまで当たり前だった2人の時間が大きく減っていたのだ。
「こうやって2人で食べるの久しぶりだな」
にこにこと笑う聖夜を見て、柊はふと先日の夢を思い出した。
影に見せられた、病室で横たわる自分と……自分に対して、1人にしないでと涙を流す聖夜の夢。あの悪夢のことを。
(……あの夢の聖夜と、目の前の聖夜、全然似てない)
「ん?柊、どうかした?」
「あ、ううん。なんでもないよ」
柊は首を横に振り、少し俯いて考え込む。
柊自身、聖夜があの夢のように泣いたところを見たことが無かった。それどころか、怒るのも稀だ。
「ただちょっと……無理してないかなって」
柊が遠慮がちに尋ねると、聖夜はいつもの笑顔で答えた。
「してないよ。心配してくれてありがとな」
その様子に、柊は曖昧に頷いた。
(……気にしすぎかな)
気持ちを切り替えて、柊が箸を進めようとしたその時。彼女のスマホが鳴った。
「あ、ごめん」
柊がスマホを確認すると、海奈から電話がかかってきていた。
「もしもし……」
『柊……助けてくれ』
「え!?……今どこ?」
『姉さんの……部屋……』
それだけ聞こえると、海奈からの電話は切れてしまった。
「どうしたんだ、柊?」
聖夜の問いに柊は首を傾げながら答えた。
「海奈が危ないかも……」
「え!?今どこに居るんだ?」
「花琳さんの部屋だって」
「早く行かないと!」
聖夜は慌てて味噌汁を飲み干した。
「先行く!鍵かけといて!」
聖夜は柊に鍵を投げ渡した。
「あ、ちょっと……」
柊も急いで朝食を片付けた。
(相変わらず、ばかみたいにいい人なんだから)
柊はやれやれと苦笑いして、聖夜の後を追いかけた。
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