17 暴走

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* * * 「白雪。ねぇ、白雪」  明るく澄んだ声が聞こえて、白雪は目を開ける。すると、大好きな姉が、9年前の姿のまま、横たわる自分の顔を微笑みながら覗き込んでいた。 「春花姉さん……?」 「白雪、起きて」  姉に促されて、白雪は体を起こす。するとそこは、昔、姉とよく遊びに行っていた西公園の原っぱの上だった。  白雪が顔を上げると、町で1番大きな桜の大木が、穏やかに佇んでいるのが目に入った。風が吹いて薄紅色の花が揺れ、白雪の鼻先に淡い色の花びらが舞い落ちる。  白雪はそれをそっとつまみ、ぼんやりと見つめた。 「桜、綺麗だね」  白雪の隣で、春花が優しく微笑みながら桜を眺めている。白雪はその姿に目を移し、滲む視界に姉の笑顔を映した。 「っ……姉さん……!」  その笑顔を見て、たまらなくなり……白雪は、震える腕で春花を抱きしめた。 「どうして、死んじゃったの…………?」  白雪の瞳から、はらはらと涙が落ちる。 「僕、姉さんが帰ってくるの、ずっと待ってたのに……どうして?」  幼い頃に戻ってしまったように、白雪は姉にくっついて泣きじゃくる。  そんな白雪の背中を、春花は優しくさすった。 「……ごめんね」  春花は申し訳なさそうに涙を浮かべながら、それでも笑顔を作って白雪の体を引き寄せる。  いつだってそうだった。春花は、病弱で泣き虫な白雪のことを、優しい笑顔で包み込んでいた。  そんな姉のように、白雪はなりたかったのだ。  春花のようになれば、多くの人を笑顔にできると、白雪は思っていた。春花のようになることが、身体が弱く、泣き虫で、何も出来なかった自分の、唯一の使命なのだと思っていたのだ。それこそが、白雪が特部で戦う理由だった。だから白雪は、春花のように、笑顔を絶やさぬ人を演じていた。  いや、それだけではない。白雪が春花の真似をしていた大きな理由は……春花のことが、大好きだったからだ。  笑顔も、温もりも……春花とすごす時間の全てが、白雪は大好きだった。それこそ、涙が出てしまうほどに。  しかし、その春花はもういない。春花は、白雪が触れられない場所へ行ってしまった。  だから、これも夢だと気づいていた。優しい優しい、大好きな姉の夢だと。  それでも、白雪は姉を抱きしめる力を強くする。  もう、二度と……離れたくなかったのだ。 「姉さん、もう居なくならないで……。僕の傍にいて……」  白雪は声を震わせながら、姉を強く抱き締めた。 「姉さんがいなきゃ、僕、独りだよ……」  幼い頃、病気で満足に友達を作ることができず、姉にばかり甘えていた白雪の、寂しがり屋な本音。  しかし、それを聞いた春花は、白雪を強く抱き締め返しながら……彼の耳元で優しく告げた。 「大丈夫。白雪は、もう独りじゃないよ」 「え……?」 「白雪には、仲間がいるよ。大事な、大事な仲間が」  春花はそう微笑って、白雪の背中をポンポンと叩く。 「私がいなくなってから……きっと、すごく寂しかったよね。沢山沢山、無理してたよね。私みたいになろうって、自分を押さえつけてたんだよね。白雪は、どれも偽りの自分なんだって思ってるのかもしれない。本当の自分には、価値なんてないって思ってるのかもしれない。……でもね、どれも白雪なんだよ。寂しがり屋な白雪も、頑張り屋さんな白雪も……私を目指してくれた白雪も、全部……あなたの一部なんだよ」  春花はそう言うと、弟を抱きしめていた腕を解いた。 「白雪。お姉ちゃんに、顔を見せて」 「……うん」  白雪は春花から離れて、姉を潤んだ瞳で見つめる。春花は微笑みながら、弟の涙を拭って、優しく告げた。 「あなたは、あなたのままでいいの。きっと、みんな……あなたのことを受け入れてくれるよ」 「姉さん……でも、僕、みんなを傷つけて……」 「大丈夫。お姉ちゃんのこと、信じて」  春花は明るい笑顔を見せて、桜の大木に視線を移した。 「あの桜の木みたいに……私、白雪のことを見守ってる」  春花はそう言って、白雪の手を優しく包んだ。 「だって……私は、白雪(大切な弟)の、桜の花(きぼう)だから!」  春花のお日様のような優しい笑顔を瞳に映した次の瞬間、桜吹雪が視界を覆い尽くし、ほのかな花の香りと共に、白雪の意識がふわりと途切れた。 * * *  医務室のベッドで眠る白雪の周りに、特部のメンバー全員が集まっていた。  白雪を止めてから数時間、交代で食事を済ませ、必ず誰かは白雪の傍にいるようにしていたのだ。  既に時刻は夜の9時を回っている。 「……君達、怪我人もいるのだからあまり無理をしてはいけないよ」  清野がそう声をかけるも、誰1人としてその場を動こうとしなかった。 「白雪さん……起きないな」  聖夜が呟くと、花琳は涙をこぼした。 「このまま起きなかったら……」  その背中を、海奈が優しくさする。 「大丈夫だよ。……きっと目を覚ます」  海奈の言葉に、花琳が不安を押し殺して頷いた……その時。 「う……」  呻き声と共に、白雪の瞳が、ゆっくりと開いた。 「白雪さん!」 「みんな……」  白雪が起き上がろうとするのを、翔太はその肩を押さえて制止する。 「寝てて下さい。……無理できないんですから」  翔太に止められ、白雪は身体を再度ベッドに横たえた。 「……ごめん、みんな」  仰向けで天井を見つめながら……白雪は呟くように言った。  その頬を、一筋の涙が伝う。 「僕は……みんなを傷つけてしまった」  白雪の表情はとても苦しそうで、普段のような微笑みは微塵もなかった。  その様子を見て、聖夜は真剣な顔を白雪に向け、ずっと抱えていた思いを告げる。 「俺達、ずっと心配だったんです。白雪さんが無理してないかって」  聖夜の隣に座っている翔太もまた、白雪を真っ直ぐ見つめて尋ねた。 「……もし良ければ、白雪さんが抱えてるもののこと、俺達に教えてくれませんか」  その言葉を聞いた白雪は、目を閉じて、ゆっくりと、胸の内を語り始めた。 「ずっと、姉さんに……北原春花になりたかったんだ」 「お姉さんに……?」  聖夜は首を傾げた。
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