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* * *
「白雪。ねぇ、白雪」
明るく澄んだ声が聞こえて、白雪は目を開ける。すると、大好きな姉が、9年前の姿のまま、横たわる自分の顔を微笑みながら覗き込んでいた。
「春花姉さん……?」
「白雪、起きて」
姉に促されて、白雪は体を起こす。するとそこは、昔、姉とよく遊びに行っていた西公園の原っぱの上だった。
白雪が顔を上げると、町で1番大きな桜の大木が、穏やかに佇んでいるのが目に入った。風が吹いて薄紅色の花が揺れ、白雪の鼻先に淡い色の花びらが舞い落ちる。
白雪はそれをそっとつまみ、ぼんやりと見つめた。
「桜、綺麗だね」
白雪の隣で、春花が優しく微笑みながら桜を眺めている。白雪はその姿に目を移し、滲む視界に姉の笑顔を映した。
「っ……姉さん……!」
その笑顔を見て、たまらなくなり……白雪は、震える腕で春花を抱きしめた。
「どうして、死んじゃったの…………?」
白雪の瞳から、はらはらと涙が落ちる。
「僕、姉さんが帰ってくるの、ずっと待ってたのに……どうして?」
幼い頃に戻ってしまったように、白雪は姉にくっついて泣きじゃくる。
そんな白雪の背中を、春花は優しくさすった。
「……ごめんね」
春花は申し訳なさそうに涙を浮かべながら、それでも笑顔を作って白雪の体を引き寄せる。
いつだってそうだった。春花は、病弱で泣き虫な白雪のことを、優しい笑顔で包み込んでいた。
そんな姉のように、白雪はなりたかったのだ。
春花のようになれば、多くの人を笑顔にできると、白雪は思っていた。春花のようになることが、身体が弱く、泣き虫で、何も出来なかった自分の、唯一の使命なのだと思っていたのだ。それこそが、白雪が特部で戦う理由だった。だから白雪は、春花のように、笑顔を絶やさぬ人を演じていた。
いや、それだけではない。白雪が春花の真似をしていた大きな理由は……春花のことが、大好きだったからだ。
笑顔も、温もりも……春花とすごす時間の全てが、白雪は大好きだった。それこそ、涙が出てしまうほどに。
しかし、その春花はもういない。春花は、白雪が触れられない場所へ行ってしまった。
だから、これも夢だと気づいていた。優しい優しい、大好きな姉の夢だと。
それでも、白雪は姉を抱きしめる力を強くする。
もう、二度と……離れたくなかったのだ。
「姉さん、もう居なくならないで……。僕の傍にいて……」
白雪は声を震わせながら、姉を強く抱き締めた。
「姉さんがいなきゃ、僕、独りだよ……」
幼い頃、病気で満足に友達を作ることができず、姉にばかり甘えていた白雪の、寂しがり屋な本音。
しかし、それを聞いた春花は、白雪を強く抱き締め返しながら……彼の耳元で優しく告げた。
「大丈夫。白雪は、もう独りじゃないよ」
「え……?」
「白雪には、仲間がいるよ。大事な、大事な仲間が」
春花はそう微笑って、白雪の背中をポンポンと叩く。
「私がいなくなってから……きっと、すごく寂しかったよね。沢山沢山、無理してたよね。私みたいになろうって、自分を押さえつけてたんだよね。白雪は、どれも偽りの自分なんだって思ってるのかもしれない。本当の自分には、価値なんてないって思ってるのかもしれない。……でもね、どれも白雪なんだよ。寂しがり屋な白雪も、頑張り屋さんな白雪も……私を目指してくれた白雪も、全部……あなたの一部なんだよ」
春花はそう言うと、弟を抱きしめていた腕を解いた。
「白雪。お姉ちゃんに、顔を見せて」
「……うん」
白雪は春花から離れて、姉を潤んだ瞳で見つめる。春花は微笑みながら、弟の涙を拭って、優しく告げた。
「あなたは、あなたのままでいいの。きっと、みんな……あなたのことを受け入れてくれるよ」
「姉さん……でも、僕、みんなを傷つけて……」
「大丈夫。お姉ちゃんのこと、信じて」
春花は明るい笑顔を見せて、桜の大木に視線を移した。
「あの桜の木みたいに……私、白雪のことを見守ってる」
春花はそう言って、白雪の手を優しく包んだ。
「だって……私は、白雪の、桜の花だから!」
春花のお日様のような優しい笑顔を瞳に映した次の瞬間、桜吹雪が視界を覆い尽くし、ほのかな花の香りと共に、白雪の意識がふわりと途切れた。
* * *
医務室のベッドで眠る白雪の周りに、特部のメンバー全員が集まっていた。
白雪を止めてから数時間、交代で食事を済ませ、必ず誰かは白雪の傍にいるようにしていたのだ。
既に時刻は夜の9時を回っている。
「……君達、怪我人もいるのだからあまり無理をしてはいけないよ」
清野がそう声をかけるも、誰1人としてその場を動こうとしなかった。
「白雪さん……起きないな」
聖夜が呟くと、花琳は涙をこぼした。
「このまま起きなかったら……」
その背中を、海奈が優しくさする。
「大丈夫だよ。……きっと目を覚ます」
海奈の言葉に、花琳が不安を押し殺して頷いた……その時。
「う……」
呻き声と共に、白雪の瞳が、ゆっくりと開いた。
「白雪さん!」
「みんな……」
白雪が起き上がろうとするのを、翔太はその肩を押さえて制止する。
「寝てて下さい。……無理できないんですから」
翔太に止められ、白雪は身体を再度ベッドに横たえた。
「……ごめん、みんな」
仰向けで天井を見つめながら……白雪は呟くように言った。
その頬を、一筋の涙が伝う。
「僕は……みんなを傷つけてしまった」
白雪の表情はとても苦しそうで、普段のような微笑みは微塵もなかった。
その様子を見て、聖夜は真剣な顔を白雪に向け、ずっと抱えていた思いを告げる。
「俺達、ずっと心配だったんです。白雪さんが無理してないかって」
聖夜の隣に座っている翔太もまた、白雪を真っ直ぐ見つめて尋ねた。
「……もし良ければ、白雪さんが抱えてるもののこと、俺達に教えてくれませんか」
その言葉を聞いた白雪は、目を閉じて、ゆっくりと、胸の内を語り始めた。
「ずっと、姉さんに……北原春花になりたかったんだ」
「お姉さんに……?」
聖夜は首を傾げた。
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