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燕の嬉しそうな表情を見て、聖夜の胸も温かくなっていく。
もっと、燕ちゃんを喜ばせてあげたい。そう思った聖夜は、彼女に明るく提案した。
「あのさ、せっかくお洒落なネックレスつけてるんだし、ちょっと散歩しない?」
その提案に対して、燕は不思議そうに首を傾げる。
「散歩ですか……?でも、誰も私なんて見ませんよ」
「気分の問題だよ!ほら、今日天気良いしさ。あと誕生日だし!」
燕は少し悩んでいたが、ふと、ある考えが浮かぶ。
これは、気になる相手と一緒に出かけるチャンスではないか……と。
燕は、照れる気持ちを押し隠して、平静を保ちながら聖夜に頷いた。
「……そ、そうですね。あの……ついてきてもらってもいいですか?」
燕の問いかけに、聖夜は明るく頷いた。
「うん。もちろん!」
* * *
聖夜と燕は病院を出て、病院付近にある西公園を歩いた。もうすっかり桜も散り終え、空気は初夏の香りで満ちている。
歩く度に燕のネックレスに光が反射して、キラキラと輝いた。
「ふぅ……緑が気持ちいいですね」
「うん、そうだな!」
燕は、公園で一番大きな桜の大木の下で、深呼吸して空を仰いだ。
出かける前までの緊張や恥ずかしさが、吐かれた息と共に解けていく。
「出かけてよかったです。病室の中だったら、味わえませんでした」
そう言って、燕は聖夜にふわりと微笑んだ。
「そっか。よかった!」
聖夜も、その言葉に明るい笑顔を返した。
その笑顔に、燕の胸が高鳴る。
燕は、青空のように爽やかな聖夜の笑顔が好きで堪らなかった。
記憶が戻らないことへの不安や、周囲に対して迷惑を掛けてしまっている申し訳なさも、聖夜の前では忘れられた。
普通の、少女でいられたのだ。
告白することも考えたが、恥ずかしくて行動に移せずにいる。
今も、聖夜に自分の気持ちが悟られるのが恥ずかしくて、燕は話題を変えて誤魔化した。
「とっ、ところで!お兄さんは今どこに……」
「あ……翔太なら、特部の任務で、東日本支部に行ってるよ。柊と一緒だ」
聖夜にそう言われ、先程まで聖夜でいっぱいだった燕の心を、兄の翔太のことが占める。
記憶が無いため、翔太のことは覚えていない。しかし、病院で気がついた時から、何度も何度も自分の所へ足を運んでくれた翔太。
一度、千秋が自分の元へ訪れ、自分の入院費や生活のことを全て負担するから、安心するように言ってくれたことがあった。
その時、聞いたのだ。
兄の翔太が戦いに身を投じることを条件に、自分の生活を保証すると、翔太と約束したということを。
記憶が無いものの、自分のためにそこまでしてくれる翔太は、間違いなく自分の兄なのだろう。
そして、自分のことを、とても大切にしてくれているのだろう。
それが分かっているから、燕にとっても翔太は大切な存在だった。
「そうですか……」
燕が少し顔を曇らせるのを見て、聖夜は首をかしげる。
「どうかした……?」
「いえ……ただ、心配で。私の記憶にはないけど、あの人は私のお兄さんで、唯一の家族ですから」
「そっか……」
「聖夜さんも、心配じゃないんですか?柊さんも、任務に出てるんですよね?」
燕が、不安げな顔で聖夜に尋ねる。聖夜はそれに、落ち着いた声で答えた。
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