22 東日本支部

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* * *  あの日は、今日と同じ、燕の誕生日だった。  燕が10歳になったことを、両親はとても喜んでいたのだ。  誕生日ケーキが置かれた食卓を家族で囲み、両親は、幸せそうな顔で、1つ大人になった燕を見ていた。 「ハッピーバースデー、燕」 「10歳、おめでとう」 「お父さん、お母さん、ありがとう!」  燕は明るい笑顔で両親に応える。  一方の翔太は少し落ち着かない様子だった。  翔太はテーブルの下に両手を入れ、何かを握っている。  兄がソワソワしていることに気が付き、燕は兄へ声を掛けた。 「お兄ちゃん、どうしたの?」  すると、翔太は、テーブルの下から赤い袋でラッピングされた小さなプレゼントを取り出したのだ。 「燕、これ……兄ちゃんから、誕生日プレゼント」  妹に喜んでもらえるかドキドキしながら、翔太はそのプレゼントを彼女に手渡す。 「わぁ……!お兄ちゃん、ありがとう!開けてもいい?」 「うん。開けてみて」  翔太に促され、燕は目を輝かせながら、丁寧にラッピングを開けていく。  すると、中から出てきたのは、赤くて丸い飾りがついた、2つセットのヘアゴムだった。 「わぁ……!ふふっ、可愛い」  燕はヘアゴムを眺め、嬉しそうに目を細める。  そんな妹の喜んでいる様子を見て、翔太は照れくさくなり頬をかいた。  このヘアゴムは、決して高価なものではない。本当は、もっといい物を買ってやりたかった翔太だったが、小学生のお小遣いでは高いものには手が出せず、店にある高価で綺麗なアクセサリーを前にして唇を噛むことしかできなかったのだ。本当に、悔しい思いをした。  だが、その悔しさも、燕の笑顔を前にして、優しくほどけていく。  このヘアゴムにして良かったと、翔太は心からそう思った。 「お兄ちゃん、ありがとう!大事にするね」  燕は、翔太に対して明るい笑顔を見せた。大きなツリ目が、優しげに細くなる。翔太と似ている、美人な笑顔だった。  妹の笑顔が見られて、翔太も思わず顔を綻ばせる。  両親は2人のやり取りを微笑ましく見守った後に、ロウソクを手に取りケーキに刺し始めた。 「そろそろ、ロウソクに火をつけようか」  父がそう言って、手元にあるマッチで火をつけ、ロウソクに柔らかい灯りを灯していく。 「翔太、部屋の電気を消してきて」  母に頼まれ、翔太は短く返事をしながら、部屋の灯りのスイッチを落としに、広いリビングの端に向かった。  スイッチを切り替えると、カチッと音を立てて、部屋の電気が消える。  ロウソクの灯りだけが柔らかく部屋を照らしている中、翔太は家族の元に戻ろうと歩いていった。  その時だった。  バリィィン!!  庭に繋がっている大きな窓が、音を立てて割れたのだ。 「何だ!?」  翔太が驚きのあまり立ち止まっていると、窓の外から長い枝が勢いよく伸びてきた。それは母に向かって真っ直ぐと伸びていき、その胸を貫いた。  母の口から、断末魔のような叫び声が発される。  その枝は母を床に叩きつけ、身体から素早く抜けていった。  ロウソクの灯りしか無かったから、翔太の目にハッキリと見えた訳ではない。しかし、床には彼女の血だまりが満潮の海のように広がっていた。 「お母さん!!」  燕の悲鳴が聞こえて、翔太は我に返る。 「燕!」  翔太は妹を守るために、すぐ彼女の元へ駆け寄った。 「翔太!燕と一緒に奥の部屋に隠れてなさい!」 「分かった!」  父にしっかりと頷き、翔太は燕の肩を抱きながら、リビングの奥にある寝室へ走った。  寝室の扉を閉め、翔太は震える燕を必死に抱きしめる。 「燕、大丈夫だ。兄ちゃんが守ってやるから」  燕を安心させようとそう言った、次の瞬間。  寝室のドアが壁ごと破壊され……薔薇の頭をした高次元生物が、2人を見下ろしていた。 「ひっ……!」  恐怖のあまり、燕が固まってしまう。翔太は妹を庇いながら、高次元生物を睨みつけた。 「燕に手を出すな!『かまいたち』!」  翔太は薔薇の枝を断とうと風の刃を繰り出した。しかし、枝にはかすりもしない。  やがて、高次元生物の枝がこちらに伸びてきて、燕に巻きついた。 「燕ッ!!」 「きゃー!!」  高次元生物はその枝を振るい、燕を床に叩きつける。  鈍い音が、部屋に響いた。  翔太は、枝に巻き付かれたまま動かなくなった妹を視界に入れる。  そして、リビングの方から漂ってくる、濃すぎる血の匂いを認識する。  彼の中で、何かが切れた。 「ふ……ふざけんな……!ふざけんな…………!!」  翔太を中心に、激しい風が巻き起こる。 「消してやる……お前、なんか……ッ!消してやるッ!!!!」  翔太の激しい風は、竜巻となって周囲のものを破壊する。  天井がメリメリと音を立てて吹き飛んだ。窓が音を立てて割れた。家具が壁に打ち付けられて壊れた。  その中で、ただ1つ。燕だけは、竜巻の目の中にいたため無事だった。  この竜巻は、翔太の意思そのものだったのだろう。  高次元生物は、小さな少年から繰り出される激しい竜巻に怯み、慌ててその場から立ち去った。 「はぁっ、はぁ……」  力を使いすぎたせいで、全身が脱力している。 「燕……!」  翔太は、フラフラと妹の元へ歩み寄り、その首筋に触れた。 「……いき、てる」  彼女の脈を感じて、気が抜けた翔太は……妹の傍に倒れ込んでしまった。  彼はそのまま意識を失い……遅れて到着した当時の特部隊員に助けられるまで、妹の傍で眠っていた。 * * * 「あの時は追い払うだけで精いっぱいだったが……もうあの頃の俺じゃない!息の根を止めてやる!『かまいたち』!!」  風の刃が高次元生物の枝を切り落とした。しかし、切り落とされた端から再生していく。 「翔太君、落ち着いて!」 「落ち着いてられるか!枝がだめなら頭を叩く!!」  翔太はなりふり構わず高次元生物に突っ込んでいった。 「全く……!」  鈴はフルートを吹いて翔太を援護しようと試みたが、音塊では枝を断てなかった。 「『かまいたち』!」  風の刃で頭を切り落とそうとするが、頭に血が上り精度が落ちているせいか全く当たらない。  そうしているうちに、枝が翔太の背後に回り込んでいた。とげのついた枝が、背中から翔太を貫こうと迫る。 「翔太君!後ろだ!」  翔太がその声を聞いて振り返ると、鋭い枝が目の前にあった。 (しまった……!)  その時。 「『糸』!」  細い糸が枝に巻き付き切り落とした。 「結ちゃん!みんな!」 「鈴さん、遅くなってすみません!」 「何やら大変なことになっているようじゃのう」
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