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彼の言葉を言葉通りに受け取るならば、彼は私のことを好きだということになる。
佐伯稜牙、会社の1年後輩。入社年後で後輩なだけで彼は事務職でないから直接何かを教えるようなことはなかった。しかも、同じ国際営業部所属だが担当地域が違うので、会社では背中合わせに座り、基本的には別の仕事をしている。
担当地域の仕事量が膨れ上がったときには、もちろん互いに協力するのだが、佐伯くんは
「つぐみ、これヘルプ」
「これ、お前が作って」
「つぐみ、仕事少しこっちに回せよ」
最初からこの調子だった。
「呼び捨てはおかしいでしょ?」
「武田部長もタケダだから分かりにくい」
「武田部長は皆‘部長’って付けるから誰も間違えないよ」
「小さいこと気にすんな。俺が決めたからいいんだよ」
「じゃあ僕も竹田さんじゃなく、つぐみって呼ぼうかな?」
「姫野さん、それは無理です」
「姫野くんは私と同期なんだけど…姫野さんってさん付けで私はつぐみって…やっぱりおかしい」
「まだ言うか?じゃあお前も稜牙って呼べば良くね?」
「…良くな…」
私の声を掻き消す黄色い声が上がると
「私が稜牙って呼ぶわ」「私も稜牙」
部内の女性陣が次々に言う。
「無理です。つぐみは俺のお気に入りなんでつぐみにだけ呼ばれたいです」
「佐伯くんは分かりやすく仕事でも竹田さんばっかりだよね」
「ありがとうございます。つぐみだけ気づいてないですけど」
「そこも可愛いんでしょ?」
「当たり前です」
私を差し置いてこんな話をしていたなと思い出していると
「っいったあー…ぃ」
佐伯くんが長い指で私にでこぴんした。思わずしゃがみこむほどの痛さに涙がぽろっと一粒溢れたのがわかる。
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