ファインダー越しの彼女

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 新田原航空祭は晴天だった。  冬の空に青さは薄くなっていたけど、観客たちの熱は熱い。  敷地を一通り歩いて、昼ご飯を調達したところで、優弥は撮影ポジションを確保するべく会場へ向かった。今年最後ということもあり、いつもよりも人数が多い。良さそうな場所を見つけて、優弥は簡易式の椅子を開いた。 「どーもー、お久しぶりですー」  やけに緩い感じで声をかけてきたのは、同じ航空ヲタクの中村だった。寒さに弱いのかマフラーまで巻いて完全防備の状態だ。 「どうも」 「今日でラストフライトですね。これは、撮り逃せないですよねー」 「ラストフライト?」 「あれれ?柏木さん、忘れましたか?今日はローズのラストフライトですよ。もう3年も経ちましたからね。いやー感慨深い。本当のラストは3月でしょうけど、航空祭で見れるのは今日が最後でしょうね」  中村の言葉に優弥は頭を殴られた気分だ。忘れていた。今日が茜のラストフライトだということを。  ブルーインパルスパイロットの任期は3年と決まっている。任期が終われば異動し、どこかの部隊に着任する。  航空ヲタクの常識だったのに、優弥の頭の中からは抜け落ちていた。 「今日の主役は彼女ですよね。絶対良い写真撮るぞー」  中村は優弥の様子を気にすることなく、カメラの設置をし始める。  優弥はスマホをズボンのポケットから取り出して、メールを作る。 『久しぶり。今日、航空祭でのフライトは最後だね』  何を書くつもりだったんだろうか。今さら取り繕ったメールは彼女に届かないかもしれない。  きっと今頃はフライトスーツに着替え終わって、ブリーフィングをしているころだろう。 『久しぶり。新田原に来てます。快晴で良かった。今日のフライトの成功を祈ってます』  果たして彼女はこのメールを読んでくれるだろうか。読んでくれたとして、返信はないだろう。  メールを送った優弥は、ブルーインパルスの展示飛行までその場で他の機体を撮り続けた。
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