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「それに、有事の際は任務を優先します。家族も、恋人も置いて」
うつむきながら話す茜を見て、優弥は理解した。
なんてまっすぐな女の子なんだろう、と。
1ヶ月という短い期間、茜は茜なりに優弥を知ろうとしてくれていた。そして同時に考えたのだ。この先のステップに進んで良いのか。
優弥は、進みたいと思った。もっと茜を知りたいと。
茜は、進むことを悩んでいた。
「それに私はできるだけ長くパイロットでありたいです。それが私の夢ですから」
茜の言葉に優弥は何も返せず、冷め始めたコーヒーに口をつける。いつもは気にならない苦さも、今日ばかりはやけに気になる。
「俺の負けってことかな?」
優弥の口からこぼれた言葉は諦めを孕んでいた。
「ごめんなさい。この1ヶ月はとても楽しかったです。嘘じゃないです」
「謝らないで」
「最後に見にきてくれると嬉しいです」
茜が差し出したのは、新田原の航空祭のチラシだった。
「俺は航空ヲタクだよ? 行くに決まってるよ」
自分の顔が笑顔のままでいられているかあまり自信がない。それでも茜が笑ってくれるならと、鍛えた営業スマイルで答える。
「ありがとうございます。では今日は失礼します」
優弥の答えに満足したのか、茜は頭を軽く下げてから、空になったマグを持って席を立った。優弥は茜を見送ってから、冷たくなったコーヒーを飲む。
「にが......」
失恋て言うのだろうか、これを。
初めての失恋に、優弥は冷めたコーヒーで心の穴を埋めようとした。
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