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しばらく高速を走り、二十分ほどの短いドライブを楽しんで着いた場所は、デートスポットで有名な海浜公園だ。
「冬の夜の海って、本当に怖いくらい真っ暗ね」
「だからこっちで良かったでしょ?」
朱鳥はただ海を眺めてボーッとしたかったのだが、駐車場を出た瞬間に吹き付ける潮風に、寒すぎてダメと却下されてしまったのだ。
別に車の中から海を見るだけで良かったのだが、せっかく来たのに味気なさ過ぎると言う漯に、手を引かれて乗り込んだのはこの観覧車だった。
「観覧車なんていつぶりだろう。小さい頃に家族で乗ったくらいかな」
平日の夜ということもあり、少し閑散とした印象はあるものの、観覧車から眺める夜景は綺麗で、朱鳥が望んだ海とは対照的にキラキラと輝いている。
「……朱鳥」
「ん?」
「俺は朱鳥が思ってる以上に、君のことが好きだよ」
「なになに。ちょっと、アンタ急にどうしたのよ」
「ははは。だよね、朱鳥はそういう感じだよね」
ツンツンしてると爆笑し始めた漯を冷ややかに見ると、朱鳥は呆れて溜め息を吐く。
「なに笑ってんのよ」
目の前でお腹を抱えて笑う漯の膝を叩くと、朱鳥はスマホを取り出して窓から見える夜景を写真に収めた。
「夜景と言えば、旅行の時に見た星空も綺麗だったわよね」
朱鳥はそのままスマホをタップして、画像フォルダに収めた旅行の写真を眺める。
「あんなに感動的だったのに、やっぱり星空は綺麗には撮れてないなあ」
「まあ、スマホだとなかなか難しいからね」
「漯はカメラ持って来てたもんね。プロが撮ったやつ見たいなぁ。今日帰ったら見せてね」
「うん。それより朱鳥」
「なあに」
「俺はやっぱり朱鳥が大好きなんだ」
「……またからかってんの?」
「違うよ。俺と結婚して欲しい」
「え……」
左手がふわりと浮くような感覚の後に、漯の唇が薬指に押し当てられて、チリっと痛んだと思えば紅い痕が残される。
そして、ポケットから取り出したリングを朱鳥の目の前に掲げると、漯はもう一度朱鳥の目を見て囁く。
「朱鳥さん。俺と結婚してください」
凝った意匠のアンティークリングに口付けすると、一生大切にするからと漯は真剣な眼差しで朱鳥を見つめる。グリーンの瞳で。
「……あなたが望むなら、喜んで」
どう返事すべきか一瞬考えたものの、朱鳥は淀みなくそう返す。
「ありがとう。朱鳥」
短く呟くと、漯の大きな手で朱鳥の左手の薬指にアンティークリングがはめられる。
「これは我が家に代々引き継がれて来た指輪だよ。微調整が必要だろうから、今度一緒に直しに行こうね」
「……そう、すごく大切な物なのね。ありがとう。ずっと大事にします。漯は本当に私で良かったの?」
「え、俺?俺はずっと前から、朱鳥じゃないとダメみたい」
「ふ。今日だけはそういうの許してあげるわ」
「はは、今日だけなんだ?」
「そういうの、恥ずかしくてダメなのよ」
「朱鳥のダメは良いってことだよね」
「……殴るよ?」
はめられたばかりのリングをチラつかせて拳を握ると、朱鳥は真顔で静かに呟く。
「そういうところも可愛くて大好きだよ。ねえ、朱鳥は俺のこと好きなの?」
「……嫌いなわけないでしょ。そういう質問、小っ恥ずかしいから苦手だって知ってるでしょ」
「でも今日は特別な日だから、たまには言葉で伝えて欲しいな」
ダメかなと大型獣がしゅんとした情けない顔をする。
「……してる」
「え?」
「愛してるって言ったの!なんか文句あるの?」
「うわキタ。デレた」
漯は急に立ち上がると朱鳥の隣に腰掛けて、ギュッと抱き寄せるととびきり優しいキスをする。
「んっ……」
「朱鳥、俺も愛してるよ」
キスの合間に何度も愛してると囁いて、観覧車が地上に近付くまで深くて甘い口付けを交わし続けた。
徐々に夜景が遠い景色になり、観覧車から降りた途端、吹き付ける風の強さに二人は身を縮こませる。
「うわぁ、寒っぶ。一刻も早く帰って熱いお風呂に入りたい」
「おや。朱鳥さん、それはお誘いかな?」
「漯くん。あなたがお望みならば」
「あ、またデレた」
「たまにはね」
笑い合って手を繋ぐと、足早に駐車場まで向かい、車に乗り込んでからまた深く口付け合う。
「それにしても驚いたんだけど。今日プロポーズするつもりだったの?」
「別に今日に拘ってた訳じゃないんだ。実は旅行の時から指輪は持ち歩いてたんだけど、いざとなると緊張しちゃって」
「へえ、そうだったんだ」
「なんだかすごく無難な感じになっちゃったけど、受けてくれて嬉しかった」
漯は純粋な笑顔を浮かべ、朱鳥の左手を取ると指先にそっと口付ける。
「私を選んで、後悔しても知らないわよ?」
「望むところです」
声を出して笑うと、時計が目に入った漯がそろそろ帰ろうかとエンジンを掛け、シートベルトをしながらナビと音楽をセットして、ゆっくりと車を出す。
「さて。我が家に帰って熱いお風呂に入って温まりますか」
「そうだね。夜風だし海も近いから結構冷えたよね」
「あ、朱鳥。晩御飯はどうする?買って帰るか、それともこの前作った餃子焼く?」
「そうだね。少し遅いし、餃子で良いんじゃない?私は晩酌がてらつまんで済ませようかな」
「じゃあ、俺も飲もうかな」
「いいね。乾杯しよう」
家に帰り着いてから食事もそこそこに、平日だというのに明け方近くまで朱鳥が哭かされたのは言うまでもない。
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