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予約したホテルはわかっていた。 この辺りに、ホテルと言えば一つしかない。 ビジネスホテルはあるが、観光客が泊まるような洒落たものは一つしかない。 寂れた民宿はあるが、好んで若者が泊まるなんてことはないと思う。 予想していたホテルにチェックインを済ませ10階を目指す。この建物は少し離れた場所にある海を見渡せるような向きで建っている。 高い建物といえばこのホテルくらいしかないから、きっと絶景が拝めるはずだ。 夏になれば毎日のように通った海を久しぶりに見れることに心が踊りだす。 高揚した俺は誰もいないエレベーターの中でそっと友さんの手を握りしめた。 ギョッとした視線をぶつけた友さんは何も言わず素直に手を握り返してくれる。 どうでも離さなくなれば離すだろうと思うくらいの安易な気持ちのまま繋ぎ続けた手はカードキーを差し込むまで握りしめられていた。 ドアを開ければ日光を遮られたブラインドに薄暗くさえ感じた。 壁に沿うようにバックを置き、急ぐように手を引いて窓際に立ち、一気にブラインドを開け、隣で息を飲むのが分かった。 「うわぁ、すごっ!」 これこそ予想どおりの反応に、繋いだ手を離してやると引き寄せられるように窓にへばりついた。 夕日が紅く染めはじめた沖の向こうに浮かぶ貨物船や、小さな島まで見渡せる海のコントラストが絶景だった。 「……あの海で泳いでた?」 「学生の時は毎日ってくらい泳いでたよ」 泳ぎにも行ったし釣りにも行った。高校生の頃は友達のお供でナンパにも行った。 人口数万の田舎の街では、ナンパの成功率は良かったことを思い出し、友人はその当時知り合った子と、昨年結婚した。 ヤリ目的だけとは違う田舎の高校生の出会いの場所だった。 そんな心を見透かされたような友さんの言葉にビクッと肩を揺らす。 「元希、モテただろ?」 友人は小柄でお世辞にもイケメンとは言えない容姿だったことをコンプレックスに、海に出かける時は高身長の友人をよく誘っていた。その中に俺も入ってたわけだけど。 「まあ、モテたかな?でも、ナンパ目的じゃなかったから」 グループ交際から始まる出会いに魅力を感じなかった。その中から選ぶことの抵抗と知り合うきっかけを欲しがった友人を最優先にしてたからだけど。 「そんな高校生いるの?海って言えば出会いだろ?」 「まあ、友達はそうだったかな。俺はひと夏の経験ってのにあんまり魅力を感じなかったし」 部活に明け暮れ女の子との会話が難しいと感じたのも本音だし。 「まあ、わかる気がする。お前は慎重派だもんな……」
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