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慎重派なのか臆病なのかわからないけど、すらすらと甘い文句を並べられる語彙もなく、持て余しそうな関係に足を踏み入れようとしなかっただけ。
「まあ、学生の頃の俺は奥手だったし」
「奥手?久しぶりに聞いた」
「言わない?まあ、あんまり言わないか」
ばあちゃん子だった俺は、言葉も古いのかもしれない。
「いんじゃないか?流行りの言葉で埋めつくされても俺も疎いからさ」
ニコニコと笑みを絶やさない姿にやっぱり連れてきて正解だったなと思った。
夕陽が沈み、夕食にしようとこの近くにある一度友人と行った居酒屋に向かった。
ホテルのロビーをぬけ正面玄関から外に出れば秋の風がひんやりと肌に触れた。
「友さん、寒くない?」
「大丈夫だよ」と、甘いマスクが笑みを浮かべる。それに見惚れ俺の口角もだらしなく上がる。
ロータリーになっている脇には地元特産品の屋台が店じまいを始めていた。至る大型店舗にはこんな感じで特産品を販売しているのをよく見かける。
田舎ならではの見慣れた光景を気にもとめず友さんと並んで居酒屋のあるほうに足を向けた。
屋台のそばを通り抜け、僅かに潮の香りを感じた時だった。
「……真田君?」
そう呼ばれた気がして振り返った。友さんにも聞こえたのだろうほぼ同時に振り返っていた。
「やっぱり!真田君だ!」
真田君と呼んだ小柄な女性は満面の笑みを浮かべ駆け寄ってきた。
どこかで会ったことはある……その容姿に過去の記憶を遡ろうと頭を捻る。
近づいてきたその女性は目尻のすぐ側にホクロが不揃いに二つ並んでいた。
この顔には覚えがあった。高校一年の頃だっただろうか。曖昧な記憶の中にこの人のこのほくろを見つめたことがある。
「垢抜けて、ますますイケメンになってる〜」
にっこり微笑み目尻の下がった表情は俺の記憶と重なった。あの時この人は涙を浮かべながら笑顔を貼り付けていた。
「……小田さん?」
隣にいる友さんに軽く会釈をした女性は俺に視線を向けた。
「覚えててくれたんだ!まさか?え?でも似てる!って思わず声掛けちゃった」
頬を染めた女性はあの頃と変わらずな明るい性格を見せ学生時代を思い出させていた。
小田茉莉。
親の再婚で小田に姓が変わり級友から「おだまり」と、フルネームでからかわれて呼ばれていた事を思い出す。
そんな彼女から告白されたことがあった。
明るい性格の彼女の告白を思い出した。
「こっちに帰ってきてるの?あ、ホテル、泊まってるってことは帰省してるの?」
不思議そうに見つめる瞳は友さんと俺を行き来している。
「さっき帰ってきたんだ。小田さんも元気そうだね」
他愛もない話をし、友さんに気遣った彼女は最後に友さんに『すみません』と頭を下た。
「真田君が覚えててくれて嬉しいかったぁ。また帰ってきた時は皆で飲みに行こうね!」
そう言い残し屋台へと戻って行った。
その後ろ姿を見送り、俺達も歩き始めた。
「……可愛い人だったね」
隣で歩く友さんはぽつりとそう呟いた。
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