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「その代償として、お前の靴と鞄はお陀仏になったわけだ」
「仕方ないよ、なんでも犠牲はつきものだ。鞄はなんとでもなるだろうけど、靴のほうは」
帰ってすぐ新聞紙に水を吸わせた上でドライヤーで乾かせばなんとかなるのかもしれないが、そこまでして復活させたところで底のほうに穴が開きかけていたのだ。捨てたほうがいいだろう。
「俺と一緒に捨ててくか?」
「そしたら途中から裸足で帰ることになるじゃんか」
「健康的でいいじゃないか」
「街中を裸足で歩く大学生がいたら注目の的だよ。ただでさえ全身ずぶぬれで人目を引いてるのに」
「なら、いい考えがある」
「なに?」
「俺を使えばいい。少なくとも、視線は隠せるぜ」
「……そっか」
「ん? なんだ?」
「その手があったか」
お、おい、となぜか慌てだす傘に対して、気にせず傘を広げた。確かに、少し深くかぶれば視線を隠せそうだ。
「……まさか本当にやるとは思わなんだ」
「なんだよ、いい考えだと思ったから実行したのに」
「お前の頭は雨に濡れてショートしちまったんだ。そんで、羞恥の部分が壊れたんだ」
「失礼な奴だな」
しかし、いつもの僕ならこんなことはしなかっただろう。晴れてる日に傘を差すなんて真似、罰ゲームでなければしない。
「けどまあ、なんだ、その壊れた奴のおかげで、いいもんが見れた」
「いいもの?」
「青空だ」
傘を少し倒し、上を見る。綺麗な空だ。もう夕方と言ってもいいくらいの時刻なのに、日が伸びたおかげでまだまだ明るい。このまま白夜になってもおかしくないほど、日が暮れる気配を感じないのだ。
「傘の中で、青空を知ってる奴は貴重なんだぜ?」
「なんでさ」
「晴れの日は、大体下を向いてるからな」
傘を回すと、折れた部分が前にやってきた。傘のちょうど半分くらいでぽっきりと折れており、修復は無理そうだった。
「傘を干すときは大体晴れじゃない?」
沈黙がいやでそう言ってみる。傘は笑った。
「まあ、そうなんだけどな」
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