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お昼休みになってスマートフォンが振動した。リュウは目の前にいるし、俺の連絡先を知っている人間は限られてくる。
画面には〈七楽朱音〉と表示されていた。朱音ちゃんからのメッセージだ。内容は今日一緒に帰れないかという内容だった。特に用事もなかったので「終わったら昇降口で待ってる」と返した。朱音ちゃんからの返信が「隠れて付き合ってる恋人みたいだね」だったので既読スルーを決め込んだ。
すべての授業が終了して昇降口に向かった。リュウは今日も用事があると昼休みに言われた。
昇降口では、下駄箱に寄りかかる朱音ちゃんが待っていた。彼女と約束をした時点である種の覚悟を決めてきている。
「待った?」
俺がそう言うと、朱音ちゃんは嬉しそうにニカッっと笑い「ううん、いま来たところ」と返してきた。七楽朱音という先輩は出会ったときからこういう遊びが好きな人だ。一緒にいて楽しいのだが、こういう部分だけは正直面倒に思う。
二人で校門を出たところで朱音ちゃんが口を開いた。
「今日言ってた噂のこと、友達に訊いてきたんだ」
「もしかしてそのために一緒に帰ろうって言ったの?」
「そういうこと。早めに教えてあげよっかなと思って」
「家に帰ってからでもいいと思うんだけど」
「家が隣で行き来してたらさ、ほら、なんかちょっとドキドキするでしょ?」
「今更しないけど。それとなんで一色のことを俺に言うんだ? 俺と一色はただのクラスメイトだって言ったじゃん」
「あのねえ、ただのクラスメイトを家には入れないんだって。大丈夫、わかってる。わかってるから」
肩を二度ほど叩かれたのだが、言われた張本人がなにもわかっていない。にも関わらず勝手に話が進んでいく。
「で、アマネちゃんの噂は二年生から流れてきてるらしんだよ」
「二年生から? 三年生の間で噂が広まってるのに?」
もしかしたら三田あたりかと思ったがそうではないようだ。
「二年生の女子が、二年生に広める前に三年生に伝えたってことなんじゃないの?」
「つまり二年生に友人が少なく、上級生の知り合いが多い生徒ってことか」
「あんまり多くないんだよね、そういう人。上級生と上手くやれてるんだから同級生相手にも上手く立ち回ってるはずだし」
彼女の言い方に少しだけ引っかかりを覚えた。だがそんなことよりまずは一色のことが大事だ。
「調べたいところだけど俺も友人が多いわけじゃないし」
「多くないんじゃなくて少なすぎるんじゃない?」
「本当のことを言わなくていいんだって」
「ま、そんなことだろうなと思ってちゃんと調べて見当つけておきましたー」
朱音ちゃんは俺の顔を見ながらパチパチと手を叩く。
「ほら、私に称賛の拍手を送るがいい」
言われるがままに手を叩くと、彼女は満足したのか胸を張って喋り始めた。
「二年四組の天羽誉ちゃん。彼女は五年前に引っ越してきた転校生、らしい」
「らしい?」
「私だって詳しくは知らないって。友達がそう言ってただけだから。でね、口下手じゃないんだけどギャルっていうかなんっていうか、友人になるような人が分かれるタイプらしいんだよね。で、そういう人は上級生に知り合いがいることが多い」
「アモウホマレ……」
顔を見たことはあるだろうが、正直顔と名前が一致しない。普段接することがない他クラスの生徒のことなどいちいち覚えているはずがなかった。クラスメイトですら煩わしいと思うことがあるのに、他のクラスのことなど知ろうと思わない。
「まだホマレちゃんって決まったわけじゃないんだけどね。彼女であった場合、彼女がどういう意図で噂を流したのかはわからない。でもそれでアマネちゃんが迷惑を被るようなことになったら問題でしょ」
「一色がどうなろうか俺には関係ないっちゃ関係ないんだけどね」
「いい仲なのに……?」
「いつまで引っ張るのそれ。そういう関係じゃないんだって」
「そこまで言うならそういうことにしておいてあげるけど、じきにその言い訳も通用しないような証拠を見つけてあげるからね!」
「証拠なんてどこからも出てこないってば」
この人はどうやっても俺と一色をくっつけたくて仕方がないらしい。色恋に敏感なのは非常に女子高生らしいのだが、その気もないのに勝手に騒がれるのは面倒だ。
それからは一色についての質問が続いた。どうやって仲良くなったのか、どうして一色が俺の家に来ることになったのか、学校ではどんな様子なのか。朱音ちゃんが一色のことを知りたがる理由はわからないが、三田のことはボカしながら掻い摘んで話した。この年頃の女子は色恋の話が本当に好きらしく目をキラキラさせながら聞いていた。
家につき、ドアの前で朱音ちゃんとは別れた。「またね」と背中を叩かれたのだが、朱音ちゃんのスキンシップは積極的すぎてたまにドキッとしてしまう。次のスキンシップの際にはちゃんと注意しておこう。他の男子生徒にこんなにスキンシップしていたら勘違いされかねない。
ドアを開けるとカレーのいい匂いがした。俺は用意していない。となるとカレーを作ったのは千歳さん以外ありえない。
そう思っているとキッチンの方から千歳さんが顔を出した。
「お、帰ってきたな。さっさと風呂入って来い。私は腹が減ってるからな、早く夕食にしたいんだ」
「横暴すぎない?」
「いいだろ。せっかく私が作ったんだ、たまには顔を合わせて食事をするのもいい」
「まあ確かに。基本的に締め切りに追われてるもんね」
「わかったら早く風呂」
「はいはいわかりましたよ」
言われるがまま、自室に戻って部屋着と下着を取ってきた。
お湯は丁度いい温度で、湯船に浸かっても背中がピリピリしない。夕ご飯を作る余裕があるってことは原稿が完成したんだろう。しばらくは風呂の用意も夕食の支度も千歳さんに任せていい。その代わり、締め切りの前や小説のネタに困ったときなんかは俺が用意することになる。千歳さんに養ってもらっている立場なので文句は言えないし、それどころか千歳さんには感謝しっぱなしだ。
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