「夕立じゃないんだ」

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「あ、夕立」  パラパラと雨が降り出した空を見上げながら彼女が言った。ちなみに、今は冬の朝。そう、彼女は急に振り出す雨のことを全て「夕立」だと思っている。昔からそうだ。今日こそ訂正してやろうと思うのだが、「参ったねえ」と言いながら舌を出して笑う彼女を見ていると、そんな気も失せた。いいじゃないか、朝も昼も夜も、春も夏も秋も冬も、みんな、夕立で。  そんなふうに思っていたある日、彼女が他県へ転校していくことを知った。一学期のおわり。ああ、もう教えてやったほうがいいかもな。高校生にもなって、よそへ行って恥をかくのは、彼女だ。機会をうかがっていたある日の放課後、それはやってきた。一緒に日直の仕事をしていたとき。教室の窓を閉めようとした彼女がつぶやいた。 「あ、夕立」  そう、確かに夕立だ。今降っているそれは夕立。でも、違うんだ。君の夕立は、夕立じゃないんだ。夕立じゃ、ないんだよ……。 「話があるんだ」  僕は日誌を書いていた手を止め、立ち上がった。窓の外を見ていた彼女がこちらを振り返る。 「前から言わなきゃと思っていたんだ。ずっと、気になっていたんだ。君が……」  ぴしゃり。鋭い音を立てて、窓が閉まる。そして彼女は、申し訳なさそうな顔をして、僕にこう言った。 「ごめんなさい。私、田中先輩が好きなの」  そう言って彼女は、小走りに教室を出て行った。  はて。さて。なぜ僕は今、急に振られたのだろうか。雨が上がる。虹が出る。僕の頬を、涙がつたう。虹が、かかる。  君が言っている「夕立」は、夕立じゃないんだよ……。
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