見据える未来、払拭できない過去

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「たまには飲みに行く?」  半年前、そう提案したのは律の方だった。いつも休日の昼間に会ってはお茶をして、たまに平日会ったら食事だけして翌日の仕事には響かないように解散する。  その日はたまたま金曜日の夜で、食後も長居になりそうな千愛希を律が2件目に誘った。 「最近飲みにも行ってないなぁ。たまにはいいよね。私も明日は珍しく社長の予定が入ってないの」  そう言って千愛希は嬉しそうに笑った。忙しい日々が続き、友人と飲みに行くことも減った。たまに社長に付き合って飲むくらいで、大体は運転手だからお酒は飲めない。  たまにはぱぁっと気晴らしに飲みたいもんだとメニューを見ながら目を輝かせていた。  律が連れていったのは、個室のあるしっとりとした雰囲気のバーだった。律は居酒屋のように騒がしい雰囲気は好きではない。  千愛希もそれがわかっているから、店に着いた時には律らしい店だと思った。  向き合って座り、酒を飲みながら仕事について、家族について、趣味について語る。まどかの話になると千愛希はとんでもなく嬉しそうな顔して、どのくらいまどかが魅力的か語った。  律は、大好きなまどかのことをこれでもかというほど褒めてくれる千愛希の言葉も好きだった。いつの間にか、千愛希の言葉に共感し、『そうそう、まどかさんってそんなところも可愛いんだ』なんて無意識に思ったりもした。  律は父方の遺伝か辛党である。アルコールをロックで浴びるように飲んでも全く酔わない。  律の周りの友人達も、そんな律に付き合う内にどんどん強くなっていった。だから、律は相手がどの程度で酔っぱらってしまうのか、全く考えずに千愛希に付き合っていた。  まどかのことになると異様にハイテンションになるのはいつものことで、シラフであっても酔っているかのよう。だから律にも区別がつかなかった。
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