見据える未来、払拭できない過去

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 ぶわっと全身に何かが駆け抜けるような感覚に捕らわれた。千愛希の甘いシャンプーの香りが鼻をくすぐる。酒の力で熱くなった体温が律にも伝わり、同じく酒の力で速くなった心音も叩くように律を打つ。  俺が帰ったら誰に頼るの……?  それって、男?  胸の中がざわざわする。強がりで頑固な千愛希。誰にも見せない弱い部分を元婚約者は知っていたんだろうか。 『恋い焦がれるほどキュンキュンするような、そんな類いのものじゃなかったけどね、パートナーとしては最良の相手だと思ったの』  付き合う前に言った千愛希の言葉が脳裏に響いた。その最良の相手にも恋愛感情などなかった。それでも、弱い部分をさらけ出せる、そんな間柄だったのだろうか。  律は体を離してその頬に触れた。ピクリと千愛希の肩が震える。そのまま手を滑り込ませ、顎を捕らえた。 「り……」  千愛希が律の名前を呼ぶ前に、その顔を持ち上げられた。真っ赤に潤んだ瞳が律を捕らえた瞬間、律はそのまま唇を重ねた。 「ん……」  一瞬の出来事で、千愛希は理解できないまま目を見開いた。視界が涙で滲んで、律の香水の匂いが鼻を掠めた。  深く、唇が重なる。千愛希は律のジャケットの腕部分を握りしめた。パリッとしたスーツはくしゃっと皺を作る。  律が唇を離すと、甘い呼吸が千愛希の唇から漏れた。律は、その唇を指先でなぞり、もう一度とキスをした。 「ふっ……」  薄く目を開けたまま、律が舌を差し込むと千愛希の体はビクリと震えて律との距離を取りたがった。  俺も……酔ってんのかな……。  律の頭もふわふわした。甘い、甘い香りが理性を飛ばしてしまうかのようだった。
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