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千愛希の思考は追い付けなかった。今まで指1本触れてこなかった律が、突然抱きしめキスまでしたのだ。
泣いていることだって気付かれていないと思っていた。もう帰ったと思っていたのに、いつの間にか密着し、律の香りが支配した。
隠し事はできない気がした。律がこんなに踏み込んでくるのは珍しい。律も酔ってるのかな……。そうは思うが、千愛希も頭がふわふわして正常な判断ができない。
「……千愛希」
「……ん?」
「その人のこと、やっぱり好きだったの?」
「……ううん。律が思ってる好きとは多分違うよ……違うけど、やっぱり結婚しとけばよかったって……ちょっとだけ後悔したの……」
「なんで?」
「……ちょっと、寂しくなった……」
「俺がいるのに?」
「律がいても……律はいつかいなくなるでしょ……」
千愛希が顔を伏せた。その言葉に律は瞼を持ち上げた。千愛希の寂しさは昔の男に対するものか、律に対するものか判断しかねた。千愛希本人にもわからないような気がした。
ただ律は、その原因が俺の方ならいいのにと思った。
「いなくならないよ」
「そんなはずない。律は優しいもん……だからきっと他に好きな人ができて、私ばっかり恋愛感情を知らないままずっと取り残されてくんだ……」
なんだ……そういうこと。
律はほっと安堵の息をついた。
律にはわかる。まどかに恋心を抱く前まで自分には恋愛感情が欠落しているんだって思って生きてきたし、今後もおそらく1人だろうと考えた。
それが普通とは違って自由だけれど、この容姿が嫌いになった時と同じようにどこか普通に憧れる。
特別な才能を持って生まれたからこそ、自分にしかできないなにかを求めるが、同時にその他大勢の一員になってみたいとも思った。
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