見据える未来、払拭できない過去

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「ならなくていいよ。俺にだって先のことはわかんないし……。でも、千愛希の寂しいっていう気持ちは少しわかる気がする」 「……わかるの?」 「うん。俺も、千愛希に取り残されたら寂しい」 「……律」 「寂しさ、埋めてあげようか……」  律はまた千愛希の体を、細身の腕で抱き締めた。そのまま髪に唇を落とし、「抱いてあげようか」と囁いた。 「……うん」  千愛希は一瞬、目を大きく見開いた後、小さく頷いた。千愛希は恋愛感情などなくてもセックスできることを知っている。肌を重ねることで、一瞬満たされたような錯覚に陥ることも知っている。  それは律も同じ事だった。お互いに『人として好き』な存在。触れ合うことを当然だと思えなくても、それを拒絶したいのとは違う。  一時でも寂しさを紛らわせられるなら、それもいいと思った。一応は付き合っているのだ。なにもおかしなことではない。 「ベッド貸して。床で抱く趣味はない」  律が静かにそう言うと「うん……あっち」と千愛希が廊下の奥を指差した。律は千愛希の腕を持ち上げ、立たせるとそのまま横抱きにした。 「りっ……」  ふわりと宙に浮いた千愛希の体。全体的に細身の律がまさか千愛希を抱き抱える日がこようとは思ってもみなかった。重いだろうと羞恥心が高まる千愛希だったが、律は平然と歩き出した。  律も内心驚いていたのだ。女性にしては長身の千愛希。それなりに体重はあるだろうと思っていたのに、軽々と腕に収まった体。また忙しくて食事を抜いたのか、と怒りにも似た感情が沸き上がった。  千愛希は律同様、人並み以上の集中力の持ち主である。仕事に集中し過ぎると、いつの間にか食事も補水もせずにひたすらパソコンに向かっていることがある。  本人はからっと笑って「お腹が空いたら食べるから大丈夫」なんて以前にも言っていたが、触れた脇腹からウエストに流れる線はコツッと骨が引っかかるほどだった。
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