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その日1日中、律は千愛希とまどかのことばかり考えていた。自分の恋愛感情は一体どこへ消えたのか。どうやってまどかを好きになったのか。
ぐるぐると考えたところで当然答えなど出なかった。
その日の夜、千愛希から電話があった。
「昨日、酔っててごめんね」
「うん。二日酔いは大丈夫?」
「大丈夫。送ってくれたんだよね……? その、タクシーに乗ってからの記憶がなくて……」
戸惑うような口調の千愛希の言葉に、律は小さく息を飲んだ。
「……そう」
頭を何かで殴られたような衝撃が走った。
俺に抱かれたことも、寂しいって言って泣いたことも覚えてないのか……。
記憶がないと言う千愛希に合わせるようにして、律達は日常に戻った。当然、あれから一度も千愛希を抱いてはいない。キスもなければ抱きしめることもない。今までと同様、友情とよく似た感情と共に。……そのはずだった。
千愛希とは会う頻度も行く店も変わらない。けれど、まどかを見ても何も感じないし、千愛希と会えばあの日の甘い夜が脳裏に浮かぶ。それなのに、初めから何もなかったかのように、まるであの日の出来事が幻かのように悲しく思えた。
律はそんな半年前の出来事を思い出し、ふと顔を上げた。そういえば……と、千愛希のマンションを後にする少し前のことがひっかかったのだ。
情事後、意識を手放すかのように眠りについた千愛希。律は、まどかの髪色によく似たナチュラルブラウンの髪に触れた。ぼやっとうっすら目を開けた千愛希。
「……つき?」
「月?」
「……ん」
首を傾げる律に、そのまますうっと再び眠りに落ちた千愛希。
律はその時の情景を鮮明に思い出し、ぐっと瞼を持ち上げた。
……あれは、「睦月?」って呼んだのか? 俺のこと、あの男だと思ってたの? 抱かれている間も?
そんなはずない。だって、名前を呼び合って、日常会話だってした。切なそうな顔で俺を見つめた。
わざと明るい部屋で千愛希を抱いたのに、俺の向こう側にあの男を見ていただなんて、そんなはずは絶対にない。
律は震える拳を更に握りしめ、「へぇ……」っと小さく呟いた。
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