見据える未来、払拭できない過去

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 その頃、千愛希はパソコンに向かってゲームエンジンのプログラムを確認していた。睦月と共に事務所に戻り、早速作業に取りかかったのだ。  睦月は、千愛希が危惧していた盗聴器を探すため、事務所内のコンセントまでじっくり見て回っている。  そうしながらも時折千愛希の横顔を見つめた。先ほど、彼氏と紹介を受けた律と会ってからなんとなく千愛希に違和感を覚えたのだ。嬉しそうでありながら、なぜか切なそうな顔をする。  睦月には見覚えがあった。婚約破棄を持ちかけた時、千愛希は同じように眉を下げた。切なそうに、寂しそうに。けれど千愛希は「わかった……」と小さく呟いただけだった。  あの表情を見た時、睦月は千愛希も少しくらい自分と結婚したいと思っていてくれたんじゃないかと期待した。けれど、引き留めることもなく、その後一切連絡をしてこなかった千愛希に自分の勘違いだったのかもしれないと思うようになった。  千愛希はなぜまたそんな顔をするのか。あんなにも嬉しそうに彼の名を呼んだのに、去り際の背中に目を伏せたのか。睦月にも千愛希の考えていることは全く理解できずにいた。  そんな睦月の視線に気付かないまま、千愛希は作業しながらも律の顔を思い出す。あんなにも偶然街中で遭遇するなんて思ってもみなかった。そりゃ同じ市内で仕事をしていて、同じように外に出る機会があれば同じ時間帯に事務所外にいることもあるだろう。しかし、あんなにも正面からバッタリ出会うのは仕事をしていても初めてのことだった。
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