見据える未来、払拭できない過去

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 思わず嬉しくなって、律を呼ぶ声も弾んだ。隣に睦月がいることも忘れそうになった。  睦月がいる事務所に来るまでは、憂鬱で仕方がなかった。久しぶりに睦月に会うのが切なかった。けれど、睦月と顔を合わせてもあの切なさも寂しさも蘇らなかったのは、他でもない律のおかげだ。  睦月と別れて1年半が経とうとする頃、千愛希は律に抱かれた。酒には自信があった。会食も付き合いも男ばかりの中でこなしてきたのだ。身を守るためにも、何があっても酔わない自信があった。けれど、律には敵わなかった。  いつもと同じように飲んでいたはずなのに、一切顔色を変えない律。反対に律の飲んでいる酒を真似して飲めば、体は熱く頭はぼんやりとし出した。  律は私のことを女として見ていない。酔った勢いで手を出すような男じゃない。そんな安心感もあったのだ。  律の前でみっともなく酔っ払ってしまっても、律は冷静にいつも通り対応してくれた。家まで送ってくれ、見返りも求めずその場を去ろうとした。  それが律であり、彼の優しさであり、誠実さだ。律はいつでも冷静で、そして優しい。その優しさは誰にでもというわけではないが、家族や友人達には平等に与えられる。  自分は恋人という肩書きを持ってはいても、その内の1人にしか過ぎず、特別なわけではない。  睦月にとって自分は特別だったし、確かにそれを感じていた。わかりやすいほどの愛情だったから。  でも律は違う。恋愛感情がない時点で、離れていく確率は高くまたあの時と同じように寂しい思いをするんだ。そんな急激に寂しくなった思いに、律は気付いた。  他人になんか興味なさそうな律が、ほんの些細な違和感に気付き、戻ってきたのだ。千愛希はそこに甘えたくなった。酒の力が働いているとわかっていても、無性に寂しくて律の温もりにすがった。
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