見据える未来、払拭できない過去

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 翌日目を覚ますと、全裸の自分をシーツに巻き付け、瞳を揺らした。  律はどんな思いで私を抱いたんだろう……。睦月との結婚が破談となり、寂しいと言った私を抱いてくれた。「寂しさ、埋めてあげようか」って……。  律にとってこの行為は同情であって、睦月から得たような愛情ではない。昨日は確かに満たされた。触れられて嬉しかったし、気持ちよかったし、夢中になって寂しさも忘れられた。  なのに、なんでこんなに虚しいんだろう……。  千愛希の中にあった睦月と別れた寂しさも、上司を失った悲しさも薄れていく感覚を実感したが、代わりに下半身に残された重い疼きが切なさを倍増させた。  律が私のことを好きになるわけじゃない。一時、寂しさを紛らわせてくれても一生律が手に入るわけじゃない。  律が本気で人を好きになった時、その人のことをどんなふうに抱くんだろうか……。  千愛希はベッドの中でぼんやりとそんなことを考えた。1つ1つ思い出す、律の言葉や表情。律のことは人としても友人としても好きだ。その場限りの時間を楽しんできた。思い返せばこんなにもちゃんと律との時間を思い出したことはなかった。  そんな中でふと思考が停止する。律の行動や仕草を思い出す内に見つけた違和感。2人きりの時に見せる顔。それから、律の家族に見せる顔。更に、周とまどかに見せる顔。  いろんな表情を思い出したら、1人にだけ向けられた表情の違いに気付いたのだ。 「……あ」  呆れた表情、眉をひそめた怪訝な顔、冷たく映る無表情、たまに見せる微笑、本当に貴重な崩した笑顔。どれも千愛希が知る律に変わりない。だけど、1つだけ知らない顔があった。  まどかを見つめる、切なそうな顔。穏やかで優しくて、温かみのある、なのに切なそうななんとも言えないあの表情。あの顔だけは自分に向けられたことがないと気付く。  憂いを帯びたその視線の先にはいつもまどかがいた気がした。
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