見据える未来、払拭できない過去

53/55
前へ
/390ページ
次へ
「なんだ……律はもうとっくに抜け出してたのか……」  千愛希は抜け殻のように表情をなくしたまま、そう小さく呟いた。一度気付けば、あとは芋づる式に思い出す、律のまどかに対する態度。自分とは明らかに異なる視線、言葉、気遣い。  律が弟の妻であるまどかに恋心を抱いていると気付いたのは、律に抱かれた後だった。絶対に叶うことのない相手。周のことを大切に思う律が、周を裏切るはずがなかった。だったら律は……そのやり場のない感情をどう整理したのか。  そう考えれば答えは簡単だった。 「そっか、私は身代わりか……」  口に出せば悲しかった。ただただ苦しかった。怒りなんて微塵もない。まどかの身代わりにされたと、プライドを傷付けられたと、憤慨する気もない。  律が私を抱いたのは、同情でも愛情でもなく、私にまどかさんを重ねて見ただけなのかもしれない。そう思ったら、あの指1本触れてこなかった律が自分を抱いた意味がわかった気がした。  寂しさを紛らわすため、律を利用し律の温もりにすがったのは自分で、そこに便乗しまどかさんの代わりにまどかさんに似た風貌の私を抱いた律。私達はお互いに利害関係にしかない。  そう思ったら、なにもかも虚しかった。そもそも律が「付き合おう」そう言ったのも、まどかの代わりだったのかもしれない。そう思った千愛希は、都合がいいと思っていた自分に笑えた。  お互いに恋愛感情がないから楽でちょうどいい。そう思っていたはずが、律には恋愛感情がないのではなく、別の場所に向けられていて、自分はその捌け口だっただけだった。
/390ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10301人が本棚に入れています
本棚に追加