見据える未来、払拭できない過去

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 千愛希はゆっくり目を閉じ、自分の置かれている状況を冷静に理解した。納得するまで時間がかかったが、現在他に好きな男がいるわけでもない千愛希にとって、大した不利益はないと胸に落とし込んだ。  ただ、身代わりとして抱かれるのはな……。もうそれはなしかな……。  お互いに寂しさを埋めた昨日。それはそれ。一時は埋められたのだ。だからもうそれで解決。でも、まどかの身代わりと知っていて求められるはあまり気持ちのいいものではない。  今後はもうなしにしよう。なんなら……昨日のこともなかったことにしたい。  そう思った千愛希は、律に電話をかけた。昨日のことは記憶がない。そう言うことで律に抱かれた事実をなかったことにした。  律はなにも言わなかった。覚えているはずなのに、千愛希を抱いたことも泣いていたことにも触れなかった。  律にとってもなかったことのように、彼はいつも通り振る舞った。元に戻れたように見えた関係に千愛希は安堵した。  これでまどかさんの身代わりとして抱かれることはない。  そう思いつつ、少しずつ胸がチクチクと痛んだ。まどかの身代わりは嫌だと思いつつも、律と別れるという選択には踏み切れなかった。  律のことは人としても友人としても好きなのだ。寂しさを埋めてくれたことも事実。このまま手放したくはなかった。けれど、律と一緒にいる以上、いつまで経っても自分はまどかの身代わりだという事実がつきまとう。  その後何度となくまどかと会った。律の視線の先にまどかがいることにも確信した。 「……律?」  じっとまどかを見つめる律に声をかければ、はっとしたように千愛希に視線を移す律。 「なに?」 「……ううん」  まどかへの恋愛感情を失ってしまった律が、その感情を取り戻そうと悶々としている間、千愛希は未だにそれを恋い焦がれた視線だと感じていた。
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