見据える未来、払拭できない過去

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 律に抱かれた半年前を思い出し、千愛希はまた切なそうに眉を下げた。  律は、千愛希を抱いた後も、その事実をなかったことにした後も変わらず千愛希の側にいてくれた。他愛もない会話をし、時に笑い合い、ゲームをして。  ただ千愛希には気になっていた。結婚には興味がなくてここまできたと言った律。あの時の表情に嘘はないと千愛希は思う。  だとしたら、まどかへの想いは本当に偶然で初めてとも思える恋愛感情なのではないか。まどかの魅力は千愛希自身の方がよくわかっている。女性の千愛希を虜にしてしまうほどの女性。律が恋い焦がれてもおかしくはない。だけど……律はどうやってその感情を手に入れたんだろうか。  何人と付き合っても、何人に愛されても決して抱くことのなかった恋愛感情。律もそれは同じだったはずなのに、さっさと抜け出してしまった。  律に見えている景色はどんなものだろう……。  律にあって自分にないもの。それが千愛希をまた不安にさせた。律だけは自分に近いものをもっていると思っていた。律だけはなんだかんだ言って千愛希の気持ちをわかってくれると思っていた。けれど違った。 「私だけが取り残されていく」そう涙を流した時には既に取り残されていたのだ。そんな私を見て、律は何を思ったのだろうか……。  同時に律の好きな人が私だったらよかったのに……そうも思った。叶わない相手ではなく、私を好きになってくれていたら、睦月の時と同じように愛してくれ、結婚したいと言ってくれたかもしれない。  そんな都合のいいことを考える千愛希だったが、次第に私のことを好きだったらいいのにという気持ちが大きくなっていく。  それが蓄積され、もしかして私は律のことが好きなんじゃないか……そう千愛希が思い始めるまで長くはかからなかった。  千愛希は律と一緒にいると、この先にある幸か不幸かわからぬ未来をじっと見据える一方で、律に抱かれたことで虚しくなった過去を払拭できずにいた。
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