様々な恋愛事情

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 千愛希はここ2週間余りのことを思い出す。鍋田の裏切りが発覚し、配信予定のアプリ制作が進まずに難航していた。  千愛希は、ずっと事務所に籠って作業をし宣言通りゲームエンジンの新プログラムを完成させた。 「あぁ……もう、無理……」  さすがの千愛希もぐったりとその体を前に伸ばしてデスクに倒れ込んだ。睦月は淹れたてのコーヒーが入った紙コップをコツンと千愛希が伏せているデスクに置いた。 「お疲れ様。しかし、凄いな……本当に完成させるなんて」  目を真ん丸くさせた睦月が、パソコン画面を覗き込んだ。 「あれだけ啖呵切った手前、できないなんて私のプライドが許しません」  口を尖らす千愛希にふっと笑みを溢した睦月。  あぁ、こういうところ好きだったなぁ……。  睦月は懐かしい胸の高鳴りに喉を鳴らした。顔だけ上げた千愛希が、子供のように顎を突き出して両手で持った紙コップに口をつける。そうとう疲れているんだろうと申し訳ない気持ちになる睦月は、そっと千愛希の背中に触れた。 「少し休め。応接室にソファーがあるから横になるといい」 「いえ……まだ仕様書も作らなきゃですし」 「働きすぎだ。俺の至らなさが千愛希に無理をさせてるってわかってる。気持ちはありがたいが、千愛希の体が心配だよ」  目を伏せる睦月の表情に、千愛希は瞳を揺らした。  あー……そうだった。この人、いつも私の心配ばっかりしてたなぁ……。  仕事に夢中になって、寝不足で目を真っ赤に充血させていた時も、アプリの人気が急上昇し、新たなキャラを考えてる時も「少しくらい休め」っていつも言ってた。  千愛希は、2年前までは近くにあったその優しさが懐かしく思えた。
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