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「この前、名刺を貰った名前に見覚えがあったから思い出したんだ」
律は言い訳をするかのようにそう言った。
「そう。凄い記憶力だね。でも、結婚が破談になったなら曽根さんの妹さんも傷付いたんじゃないかな」
もちろんまどかが傷付いたことには千愛希も憤りが募る。ただ、婚約破棄に至る悲しみは千愛希にも理解できた。女性側の気持ちはどちらにも共感できる。
客観的に物事を捉える癖がある千愛希には、いくら大好きなまどかが対象でもまどかにだけ同情することもできなかった。
けれど律は、その言葉に顔をしかめた。あんなにまどかに対して熱狂的だったはずなのに、まるで曽根紗奈を庇うような言い方だったからだ。
髪型やメイクも服装も真似していたほど好きだったまどかが傷付いたと知ったら、律の知る千愛希ならテーブルを手で叩いてでも憤りを顕にすると思っていた。けれどそれもない。
見た目もすっかり変わり、まどかよりも曽根紗奈を庇う発言に律はぐっと奥歯を噛んだ。
千愛希ならもっと怒ると思ったのに……。まどかさんを傷付けた原因の一部にあの男の妹が関与してると知ったら、嫌悪の矛先がそちらを向くと思ったのに……。
「そりゃ、その男が全部悪いんだけどね。犯罪者だし」
「うん……」
「でも千愛希は悔しくないの? まどかさんが傷付けられて」
「そりゃ……悔しいし許せないとは思うけど……。でも、まどかさんは今周くんといられて幸せそうでしょ? それを経て今まどかさんが幸せなら、私はそれでもいいって思うけど……」
子供のように不機嫌な態度をとった律に千愛希は苦笑しながら言った。その言葉を聞いて、律ははっと我に返った。
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