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「それで、良い方の報告ってなに?」
律は千愛希の言葉にはっとして思考を戻した。
「あ……うん。いい方のは反対で、千愛希さ詩って覚えてる? 一度会わせたことあるけど」
「あ、うん。皆の幼なじみなんだよね。奏ちゃんと同い年の」
千愛希は意外な名前が出てきて大きく頷いた。河野詩は、律達弟妹の幼なじみだ。頻繁に守屋家を訪れていて、夏に庭でバーベキューを開催した時に千愛希が律に呼ばれて参加するとそこに詩の姿もあった。
高校生の時に片親だった母を亡くし、年子の弟と2人だけで生きてきたという壮絶な人生をもつ女性だ。
現在は市内の総合病院で看護師として勤務しているが、その明るい性格は千愛希もすぐに好きになった。
がむしゃらに働いていることにも好感がもてたのだ。まだ大学生の弟である響の学費を稼ぐためだとしても、口先だけで努力しないような子とは違った。
「うん、そう。どうやら詩に好きな人ができたみたいで」
「え? 詩ちゃんに?」
千愛希は目を丸くさせた。前回初めて会ったのは半年にも満たないほど前のことで、その時には「私は今全然恋愛なんてする気ないんですよー。彼氏だってもう4年くらいいないし、今は仕事ですかね。もうちょっと頑張れば響も社会人だし」と言っていた。
嘘でも虚勢でもなく、本気で恋愛に興味がなさそうに見えた。それなのにこの数ヶ月で好きな人ができたのなら何か大きな変化があったのかと千愛希もようやく明るい気持ちになれた。
「今日の朝早くから弟の響から電話があってさ、昨日は夜中に帰ってきたって言って慌ててた。その前に大量の料理を持って出かけたんだって」
その様子がおかしかったのか、律は思い出したかのようにクスクスと笑った。
「それは彼氏ですね」
「どうかな。付き合ってるかまでは怪しいけど」
「まぁ……ね。夜中に帰ってきたなら泊まりではないだろうし。でも、詩ちゃんってもう25歳でしょ? そんなことくらいあってもいいよね」
「うん……。多分、詩はずっと響の面倒みてきたから、泊まりなんてしたことないと思うんだよね」
そっと目を伏せた律に、千愛希も軽く眉を下げた。自分の恋愛を全て後回しにして、弟との生活だけ考えて生きるだなんて20代の一番楽しい時期を全く堪能できていないんだろうと思えたからだ。
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