視線の先

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 母と夫婦のやり取りは、円満な家族の図。平和な家庭があって、とても幸せそうだ。千愛希はその光景を見て心が温まる。けれど同時に、隣の律を見上げてはまた1つチクリと胸が痛んだ。  律の視線の先にまどかがいると気付いたのはいつのことだったか。律と付き合い始めたばかりの頃にはそうだったような気がした。  律と千愛希は、2年ほど前に再会を果たした。高校を卒業してから10年以上が経ち、千愛希もすっかり律のことなど忘れていた。  大手企業に就職したくて、上京した千愛希。けれど、そこで任された仕事は千愛希が求めていたシステムエンジニアではなかった。新人時代はひたすら怒られ、自分よりも優秀なエンジニアはいくらでもいた。  専らホームページ製作なんかをさせられ、先輩達がやりたがらない仕事も押し付けられた。3年目の時、初めて1人で任された仕事があった。  28歳と若くして経営者となった、アプリゲームの製作会社社長の大崎(おおさき)拓也(たくや)の依頼である。  ホームページ製作を手掛けたのだが、それによる結果はいまいちだった。  社員からの視線は痛く刺さったが、更に千愛希に重たくのしかかったのは「最初から期待してないから」そんな主任からの言葉だった。  大手の広告代理店は、まだ無名の会社に優秀な人材を使いたくはなかった。大手の企業に力を注いだ方が確実な利益を得られるからだ。  ぽっと出の実績もない若い社長などには目もくれず、千愛希に好きなようにやらせ、責任も押し付けようとしていたことが後にわかった。  自分のやりたい仕事はこんなことじゃなかった。まどかさんみたいに、自分の仕事に誇りを持って、楽しさを見つけたかった。そう嘆く千愛希に声をかけたのは他でもない大崎だった。
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