変化の理由

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 事務所を離れた睦月が本社に出向く用事はあまりない。月に一度の会議くらいのものだ。それ以外は、大崎や他副社長の方から訪ねてくることが多かった。それもわざわざというより、ほんの息抜き程度にといった具合だ。  元は友人同士。事務所を離れて睦月の顔を見れば、経営者の顔ではなく友人の顔をする者達が大半だ。睦月も離れたことにより、より他の経営者の存在をありがたく感じ、今となっては事務所を移動させて正解だったとも思えた。  しかし、全く千愛希の姿を見れなくなったことだけが心残りだった。自分から別れを告げたくせに未練がましいと自分でも思う。けれど、こうやってたまに会えれば心踊るようで、まだ好きなんだと実感させられる。  出会ってから6年が経とうとしているのに、ここへきて初めて見た千愛希の変化。1ヶ月振りに見ても、魅了されてしまうほど美しい姿になぜ手放したんだろうかと後悔が募る。 「やっぱり似合うな」 「え?」 「服装の系統も変えたろ? 全体の雰囲気がまるで違う」 「まぁ……見慣れないでしょうが」 「見慣れないけど、俺はそっちの方が好きだよ」  前回言えなかった言葉を言ってのけた睦月。千愛希は、その言葉は律から聞きたかったなと思った。 「ありがとうございます。そう言ってもらえたら、思い切ったかいがあります」 「なんか心境の変化でも?」 「いいえ、そんなんじゃありませんよ。私ももういい年なので、そろそろ落ち着こうかと」  千愛希は軽く首を左右に振ってそう言った。まどかも可愛らしいというよりは美人系だが、全体的にほわっとしたイメージがあるからかいくつになってもフェミニンな装いが似合う。  千愛希は、自分でも少し冷たくも見える意志の強そうな眼が、『可愛い』とかけ離れていることに気付いてはいた。それをメイクで必死に隠していたのだ。
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