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律はぐっと奥歯を噛んだ。千愛希は自分に対して恋愛感情はない。そう思えば、胸の奥はズキズキと痛む。
「だからりっちゃんもちゃんと彼女さんにいっぱい好きだって言ってあげなきゃダメだよ? じゃないと、女の子は不安になるんだからね」
「……俺が? 言うの?」
「当たり前でしょ! どうせりっちゃんのことだから言わなくてもわかるでしょ、とか思ってるんでしょ! 言ってくんなきゃわかんないのよ! りっちゃんちみたいな知的カップルは、どうせ理屈ばっかで感情に身を任せてかっこ悪い恋愛なんてしないんだろうけどさ」
「叶衣、俺のことなんだと思ってるの?」
「いつもクールな振りしてカッコつけてるじゃん」
「悪口じゃん」
「まあ、そうなんだけど」
「そうなのかよ」
「カッコつけてるだけじゃ響かないのよ。伝わらないの。りっちゃんも彼女さんのこと大好きでしょ?」
叶衣に言われ、硬直する律。『大好きでしょ?』その言葉が頭の中でリピートされた瞬間、ぼんっと急激に顔に熱を帯びた。
どんどん上昇する体温。体が熱く、汗も滲んだ。思わず律はネクタイを緩めた。
「……まぁ」
「ほらほら。ねぇ、りっちゃんの彼女さんってどんな人?」
「どんなって……」
「美人?」
「……美人だよ、すごく」
「うわぁ、やっぱり! りっちゃん、面食い」
「面食いじゃないって。別に見た目で」
「スタイルいい? 細い?」
「……細いね」
話聞いてないな、と律は左の指先で目頭を押さえた。
「足長い?」
「なんで足? 長いよ」
「背高いでしょ?」
「まぁ、そうだね」
「私、多分イメージできてるわ」
「あてにならない」
「なるよ! 声、可愛い? 低い?」
そう聞かれれば、思い出す。律の名前を呼ぶ声。
『律は凄いね』
『私も律を見習わなきゃ』
『律のそういうところ好きだよ』
数々の場面がフラッシュバックされ、やっぱりやってくる甘い、甘い声で囁く千愛希の声。
『律……きもちい』
官能的な千愛希の姿。途端にまた体が熱くなる。左手で口元を覆った。
「ねぇ、りっちゃん?」
「え? あ、うん。……ちょっと低いかもね、普段は」
「普段?」
「いや……なんでもない」
思わぬ失言に律は羞恥心に襲われ、額をゴツンとデスクに預けて項垂れた。
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