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「千愛希ちゃん、律くん、コーヒー入ったよ」
まどかの明るい声が聞こえて、律と千愛希は同時に顔を上げた。
「ありがとうございます!」
千愛希はさっと立ち上がると、膝の上に置いてあったパソコンをソファーに移動させた。それからダイニングへ小走りし、コーヒーカップを手に取った。
律の隣に空いた席。千愛希の代わりにウーンと機械音が響いている。データ処理を行っているパソコン画面は、パカパカと画面が切り替わっている。
律は眉を下げて、千愛希を見つめた。それから彼女に触れた手で拳を作り、固く握りしめる。こんなに近くにいるのに。あんなにも簡単に触れられるのに。肩書きは彼氏と彼女のはずなのに……手に入らないもどかしさ。
手を伸ばしても絶対に触れられない、叶うことのない恋心を抱いたまどかの時とは違う。届きそうで届かない。器は近くにあるのに、心がついてこないこの状況が、今までのどんな場面よりも辛かった。
「律くんも冷めないうちにどうぞ」
まどかだけは呑気だ。あんなにも好きだったはずなのに、全くこの状況を理解していないまどかにも沸々と憤りが湧いてくる。
そもそも周とまどかがいなければ、今頃はもっと穏やかに過ごしていられたのに、と奥歯を噛み締めた。
「千愛希、座ったら」
立ったままカップを持つ千愛希に穏やかな声で話しかけた律。なるべく千愛希を刺激しないよう、努めた。
とりあえず想いだけは告げなきゃ……。千愛希も好きでもないくせに触らないでって思ってるのかもしれないし……。
律は、不安に押し潰されそうになりながらも大人しく律の言葉に従う千愛希の横顔を見つめた。
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