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先程も来たはずの縁側。そこにはやはり猫の姿はない。
「おーい、帰ってきてるかね。餌の時間だよ」
祖母がそう声をかけると、縁側の下から「なー」と太い声を響かせて茶色と白が混ざった色の猫が現れた。
「わっ、いた」
千愛希は嬉しそうに歯を出して目尻を下げた。こんなにも嬉しそうな千愛希の顔は久しぶりに見る、と律も嬉しくなった。
餌を用意していた祖母がそっと地面に餌箱を置くと、猫は一直線に向かっていって口を付けた。
「餌をあげてたのはおばあちゃんだったのか……」
そりゃ毎日餌を求めてやってくるはずだ、と律は目を細めた。
「わー、可愛い」
千愛希は腰を降ろして地面を覗き込むようにして猫の姿を眺めていた。律は、そっとその隣に座る。
「名前はないの?」
千愛希は、くるっと明るい表情を向けた。未だに律の腕の中には妃茉莉がいて、走り回りたいともがいている。
律は、弾むように心が温かくなった。先程まで千愛希があんなにも複雑そうな顔をしていたものだから、色んなことが不安になった。
しかし、猫がいたことで千愛希の表情が柔らかいものに変わったのだから、祖母のところに行ってみてよかったと思えた。
「ないよ、野良だからね。千愛希がつける?」
「え? い、いいの?」
目を大きくさせ、律の瞳を捕らえる千愛希。子供のように目を輝かせる千愛希が可愛くて、律は今すぐ抱きしめたい衝動に駆られた。
「でも、飼い猫かもしれないって言ったのは千愛希だよ」
ほんの少し意地悪でクスクス笑って言えば、千愛希はむうっとむくれて「野良だもん」と言った。
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