視線の先

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 その頃千愛希には婚約者がいた。大崎と共同経営を結んだ友人の1人だった。  曽根(そね)睦月(むつき)。彼もまた、千愛希に製作のノウハウを教え込んだ人物だった。アプリ製作をするにあたりあれこれ相談する内に、睦月からのアプローチで交際に至った。  師弟関係でありながら、上司と部下でもあり恋人でもある。公私共に支え合う順風な日々。  千愛希は睦月のことが好きだった。尊敬もしているし、温厚で出来た人間だと思った。実力もあり、一緒にいて楽しく生涯のパートナーには最適だとも思った。  ただ、恋愛感情とは違う気がした。再婚した両親はいつでも仲が良くて、家の中でも子供の目を気にせずイチャイチャ、ベタベタとくっついている。  子供の千愛希は大人になったら自然とこういう関係になる人が現れるものだと思っていた。好きという気持ちが先にきて恋人になるのか、恋人になればそういった感情が生まれるのか。  それはわからぬところだったが、わからないなりに何人かと付き合ってみた。けれど、千愛希が求めていたような感情が沸き上がることはなかった。  私には感情が欠落しているのかもしれない。恋愛感情というものだけ。  知識や技術は努力でなんとでも補えた。けれど、感情だけはなにを試してみても無理だった。  だから千愛希は、27歳を迎える頃には既に諦めていた。恋愛感情を知ることを。  睦月のことはちゃんと好きだ。きっと温かい家庭を築けるだろう。子供も大切にしてくれるだろうし、私のことも想ってくれる。こんな人と結婚したら幸せなんだろう。  本気でそう思った。29歳でプロポーズを受けた時、素直に嬉しかった。恋愛感情はなくとも結婚というものには憧れがあったから。友人達は皆、結婚して出産しているのだ。千愛希も友人達と同じように結婚というものを経験してみたかった。  恋愛感情は沸かなくとも子供に対する母性はあるだろうと信じて疑わなかった。  しかし付き合って3年が経ち、千愛希の製作したアプリが大成功をおさめてから2人の関係は少しずつ変わった。
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