視線の先

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 千愛希は暫し呆然とするしかなかった。結婚は必ずできるものだと思っていたし、こんなに呆気なくなかったことになるとは思いもしなかった。 「今からでも遅くないから、仕事辞めてお嫁にいったら? もったいない気はするけど、前の会社で定年まで働いた分くらいは稼いだでしょ? もう十分じゃない。女としての幸せを選ぶのも時には必要だと思うけど」  千愛希の母はそう言った。前父の不倫が発覚した時には「結婚なんかするんじゃなかった。千愛希は手に職をつけて、男なんかいなくてもやっていける女の子になるのよ」なんてまだ意味もわからない年の頃にそう言ったはずだったのに。  今の父と出会い、結婚の素晴らしさを再確認したら、千愛希にも結婚はまだなのかと催促するようになった。  皆が皆、同じように同じところで幸せを感じるわけじゃない。事実、千愛希は母にそう言われたところで仕事を手放す気にはなれなかった。  もちろん上司であり、彼の友人でもある大崎にも相談をした。 「睦月が怒るのも無理ないか……。俺も土浦に頼りすぎてた部分があったからな。お前達のためにももっと配慮してやるべきだった」  大崎は暗い表情でそう言った。千愛希が振られたのには、少なからず自分にも至らないところがあったからだと深く反省していた。 「いえ、そんな……。でも私、やっぱりこの仕事が好きで……結婚のために今諦めるのは嫌なんです。それで睦月が離れていったとしても……」  千愛希の意思は既に固まっていた。どちらかを選ばなければいけないとすれば、恋愛感情のない男との結婚よりも、その男と共に情熱を注いできた仕事を取りたかった。
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