視線の先

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「土浦らしいな。睦月には俺からも謝っておく。ごめんな……。でも、ビジネスパートナーとしてはとても誇らしいよ」  彼は眉を下げて笑って言った。そういう大崎は、3年前に自身の製作したアプリゲームが跳ねて祝賀会を行った際、その製作に携わったイラストレーターの友人と出会い交際、結婚までしていた。  忙しい大崎だったが、家庭は憩いの場であり夫婦仲も良好で子宝にも恵まれた。だからこそ、千愛希と友人との結婚は心から祝福した。  妻の栞にも2人を紹介し、順風満帆に思えた。こんな結果になるのは本意ではないが、千愛希が仕事を続けてくれることは会社にとってはなによりもありがたいことであった。  仕事量を減らさなくてよくなった千愛希はがむしゃらに働いた。ただ、上手くいかなかったり、ふと冷静になったりすると睦月の顔が浮かんだ。  睦月は大丈夫かな……。両家の挨拶も済ませた上で破談になって、睦月自身も居心地悪かっただろうに。  そうは思うが、それだけじゃない。あんなにも想ってくれた相手が簡単に離れていった。やっぱり恋愛はわからないと仕事を辞めなくてすんだことに安堵する一方で寂しくもあった。  自分には恋愛感情がなくとも、相手が好きでいてくれさえすれば成立するものだと思っていた。相手が深い愛情を持ってさえいれば、離れていかないものだと思っていた。  千愛希はあれから2年近く経った今、そんな考えは間違っていたと気付く。隣の席で一緒に食事をしながらも、とても穏やかに優しくまどかを見る律が恨めしく思えるほどに。  まどかの魅力は十分過ぎるほど理解している。律と周が揃って夢中になるほど、彼女はとても魅力的なのだ。  けれど彼女は、律の弟の妻。決して好きになってはいけない人。それをわかっていてまだ想い続けるのは、道徳や倫理を重んじる律にあるまじき行為。それでも諦め切れないのだから、恋愛感情とはそもそも自分でコントロールできるものではないんだろう。  千愛希は、おそらくまどかに向けられている律と同じ感情を抱き始めている自分に戸惑いを隠せなかった。
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