最恐の男

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「ほら、拓也が心配するぞ。まだ仕事いっぱいあるだろ。戻って仕事するんだな。俺も忙しいんだから」  そう言いながら睦月は千愛希の手からストッキングと台紙を取り上げた。 「あ……」  千愛希の視線がそちらに向く前に、それをゴミ箱にかけてあったビニール袋を広げて中に投げ込んだ。  きっちりと口を縛ると、そのままゴミ箱の中に入れた。元にあった場所にゴミ箱を戻した睦月は、千愛希の背中をそっと押し、「お疲れ様」と帰社を促した。 「本当に……いいんですね」 「もちろん」  当たり前だろ。持って帰るだなんて、そんなことさせるはずがないだろ。破れた瞬間から既に俺のものなんだから。  心の中で呟く睦月は、営業向けの笑顔を向けて千愛希を事務所のドアまで見送った。 「拓也にデータ共有のことだけ伝えといてな」  最後に仕事の伝言を頼むことも忘れなかった。いい上司を演じきった睦月は、千愛希の姿が見えなくなると、一目散に応接室に駆け込んだ。  目的のそれを取り出し、袋を開ける。密閉されていた中に鼻の頭を突っ込むと、勢いよく鼻から大きく息を吸った。  ほとんどビニールの匂いしかしなかったにもかかわらず、睦月は恍惚の表情を浮かべた。  あー、ダメだダメだ。ここは職場だ。俺は副社長。しっかりと責任ある立場として振るわなきゃな。  お楽しみは後に取っておく方がいい。家に帰ってゆっくり味わおうと睦月はそれを上着の内ポケットにそっとしまい込んだ。
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