最恐の男

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 全社員が事務所からいなくなると、ようやく睦月は肩の力を抜いた。社員達の前では頼りがいのある天才クリエイターである。その鎧を脱ぐのは1人でいる時、あるいは他の経営陣といる時だけだと決めていた。  あと2時間かからないくらいで一段落つく。そうしたらあとは明日に回すか、と睦月は大きく両手を上に伸ばして背中を反らした。骨と筋肉がぐっと伸びて、収縮しきった体が解されるようだった。  睦月は両腕を内側に折り曲げてデスクに置くと、その上に顔を伏せて目を閉じた。そのまま1分程保つと、少し頭がスッキリした。  それから睦月はパソコン画面に目をやり、今開いているページを縮小させると、デスクトップのアイコンをダブルクリックした。  すぐに開き、軽く操作をするといくつかの画面が出る。その1つに現在の自分が映し出されていた。個人情報とプライバシーを配慮するため、監視するようなことは避けてきたのだが、睦月も知らない内に事務所内に盗聴器が仕掛けられていた。  社員であれば自由に出入りできてしまうセキュリティの甘さに頭を悩ませた睦月は、社員達に許可を得て防犯カメラを設置していた。事務所の入り口と事務所内、それから応接室。  不審な動きをすれば証拠として残る。真面目に仕事をこなしている社員達にとって、録画されているという不快感はあったが、自分達が無実だと証明される材料となるのなら、勝手に証拠を作りあげてくれるのはむしろありがたいくらいだった。  だから防犯カメラについて反対する社員はないに等しいと言えた。
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