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「その内容としましては、土浦千愛希さんに対して嫌がらせとみなされる行為の禁止と、当然法を侵す行為の禁止事項が書かれています。間違いありませんか?」
「間違いありません……」
音声としてハッキリと事実確認が取れるよう、律は慎重に言葉を選ぶ。
「私が望むのはただそれだけです。千愛希さん本人から被害届けを出されたわけでもありませんし、彼女は私のクライアントでもありません」
「はい」
「ですから、接近禁止を要求するつもりはありませんし、上司と部下としてあくまでも仕事上の付き合いということでしたら今まで通り接していただいてかまいません」
睦月は更に驚いた。睦月がしたことをこの場で自白させ、警察にでも届ければ睦月を法で裁くこともできたのだ。睦月自身そうされてもおかしくはないと怯えていた。しかし、律の出した条件はあくまでも今回の件に関してだけだった。今後同じことが二度と起こらないよう規制をかけるというものだ。
「……よろしいのですか?」
「ええ。先程も言いましたが、千愛希さんは貴方のことをいい上司だと思っています。今回のことを知ったらとても悲しむことでしょう」
「……本当に土浦さんはこの件を一切ご存知ないということでしょうか」
「はい。本人には伝えておりません。私も悩みました。被害者は彼女ですから、全てを公にした上で本人にどうするかを選択させるのが一番いいのではないかと。ですが、彼女は一度貴方とのことで傷付いています。今回また傷付けるのは本意ではない。だからといって見過ごすわけにもいかない。それが本音です。
ですから、この契約書にサインをいただければ、もう動画は残っていませんし、今回のことはこれで終了とする。お互いにそれで手を打ちませんかという提案です」
一定のトーンで話す律の言葉は聞きやすい程に睦月の耳に届いた。睦月にとっては千愛希とは二度と会うなと言われたわけでもなく、警察に突き出されることもない。
メリットしかないように思えるこの誓約書の存在が不気味に映った。
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