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けれどまどかは、これ以上ないほどに憤慨し、律の頬に平手打ちを食らわせたのだった。
「バカにしないで!」
そう大きく叫んだ。周のことも、自分のことも見下された気分になったまどか。奏になにを言われても怒りもせず、泣きもしなかったまどかがそれだけは許せないとばかりに声を荒げた。
顔を殴られたのなんて、今まで生きてきて初めてのことだった。両親にさえも殴られたことのないその綺麗な顔を、なんの躊躇もなく叩いたのだから、律が驚くのは当然のことだった。
それどころか次第におかしく思えて、思わず笑ってしまった。こんな女性はどこを探したって見つからない。そんなふうにさえ思った。
まどかと和解した後は、雅臣のことでも周のことでもまどかが律を頼ることが何度かあった。
律が頼りにされるのはいつものこと。友人からも職場でも、なにかあれば頼られる。だからまどかのことも弟の彼女だから、いずれ義妹になる人だからと手を差しのべた。
その都度まどかは美しい笑顔を見せる。美人ならこの世にいくらでもいる。美人過ぎる介護士は伊達じゃないかもしれないが、東京でタレントとしてデビューするほどではないだろう。失礼ながら、そう思ったこともあったが、その屈託のない笑顔は誰よりも綺麗だと思った。
そして、周の前ではまた別の顔をする。赤くなって照れたり、思わず泣きそうになったりと女の顔をする。律には絶対に向けられることのない顔。
女性のそんな顔を見るのも初めてだった。なぜなら律を差し置いて誰かに夢中になる女性など今まで存在しなかったからだ。
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