初恋

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「いつか守屋くん抜いて1位になってやるんだから!」  そんなふうに泣きそうな顔をして叫ばれたことがあったと律は思い出したのだ。全く言葉を交わしたことのない相手に突如言われた言葉。  律に対して不平不満を言う人間はいくらでもいた。苦し紛れに暴言を吐く者もいた。けれど、あんなにも本気で悔しそうな顔をしたのは、千愛希が初めてだった。  千愛希があんなにも本気でぶつかってきたのは、常に彼女が努力し続けてきたからだと律は思った。努力もせずに律の能力を妬む連中とは違う。  並々ならぬ努力を重ねてきたからこそ、いつまで経っても律に勝てないことが心底悔しいのだ。  律はその努力は認めなきゃ失礼だと思わされた。そんな10年以上も前の出来事がふっと頭に浮かんだが、どうやら千愛希の方は覚えている様子はなかった。  2時間ほどお茶をして、解散した。その時、連絡先を交換した。 「これもなにかの縁だから」  そう言って笑った千愛希。連絡先を聞かれて不快に思わない女性は数えるほどしかいなかった。おそらく自分のことを異性として意識していないだろうと思える千愛希に害はないと判断したのだ。  その日律はぼんやりと千愛希のことを考えていた。家で1人でいる時に他人のことを考えるだなんて、まどかの時以来だった。律も日々考え事をしないわけじゃない。  けれど、仕事とプライベートのオン、オフをハッキリさせる律はなるべく家に仕事を持ち込んだりしない。  仕事以外では他人に対してそんなに関心がある方ではない。だからいつまで経ってもまどかのことばかり考えていた自分が信じられないほどだった。
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