見据える未来、払拭できない過去

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 睦月は頭からシャワーを被り、きつく目を閉じた。それからぎゅっと拳を握りしめる。朝から千愛希が出社し、午前中の内に状況は一変した。  まさかウイルスが発見され、ハッキングまでされていたなんて……数ヶ月かけてようやく通った企画書がこんなにもあっさりダメになるなんて、と悔しさで涙が滲んだ。  睦月は、信頼できる仲間を集めて事務所を移ったが、信頼できる=仕事ができるわけではないことを知っている。中には未だにミスをする社員も、作業に時間のかかる社員も、覚えの悪い社員もいる。  それでも仕事に対して熱心で、社員同士を思いやれる気持ちをもっているからこそ信頼していた。  千愛希のことを悪く言ったのも、睦月の体裁を守りたいがために社員達が勝手にあれこれ言い始めただけのこと。 「彼女はそんな人じゃないよ。仕事仲間としても俺は今も尊敬している。一度一緒に働いてみればわかる」  あの鍋田にもそう言ったが、「副社長は人がいいから騙されてるんですよ。俺達下っ端にだってこんなに優しくしてくれるんですから! 人の悪口を言えない人だってわかってますから! 俺達はなにがあっても副社長の味方です!」そう意気込んで言われてしまった。  こりゃ今更まだ未練があるなんて言えないな……そう思ったことを思い出す。  律が睨んだ通り、睦月は千愛希の愛情を試していたのだ。プロポーズした時、千愛希はとても嬉しそうに笑った。 「こんなに仕事ばかりしてたら婚期逃すだろうなって思ってたけど、そう言ってくれて嬉しい。私も人並みに結婚できるんだなって思って」  千愛希はそう言って満面の笑みを見せたのだ。だから睦月も千愛希が自分を愛していると信じて疑わなかった。  男女問わず誰にでも優しく、時に厳しく、真っ直ぐ接する千愛希。彼女の愛情はわかりにくいが、結婚を喜んでくれたということは、この先の未来のことも考えてくれているものだと思っていた。
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