見据える未来、払拭できない過去

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「今の仕事がどうなるかわかんないけど、まだ1ヶ月あるし、顔くらいは出すよ。長居はできないけど」  睦月がため息混じりにそう言えば、父親は満足そうに「そうか、そうか」と言った。今年も市議会議員選挙で当選したからか、上機嫌である。  まあ、議員の息子なんだからお前も出馬できるようになんとかしたらどうだ、なんて言ってこないだけマシか、と頭をフェイスタオルで拭いながら思う。  昔は政治家を目指せだのなんだの言われ、起業する時も散々文句を言われた。しかし、睦月の会社が軌道に乗り、人気のアプリゲームが続くとすっかり手のひら返しで「あれはうちの息子が経営している会社なんだ」なんて自慢して回った。  好きなことをやらせてもらえるだけありがたいか。  妹の破談により、睦月の結婚に対しより慎重になった両親。そのために千愛希のことにも口出しするようになった。  結局破談になったと伝えると、両親は残念だったと取り繕いながらも、意識は人気絶頂期の妹にばかり向けられた。  いいとこのお嬢さんと見合いでもするかなんて話も出たが、睦月は当然断った。未だに千愛希を想っていながら、他の女性と見合いだなんて失礼過ぎる、と睦月は誰のことも傷付けるつもりはなかった。  あっさりと電話を切り、睦月はソファーに横になった。 「仮眠くらいはちゃんとしてきて下さい。今後、ミスはできませんよ。全力でお手伝いしますから、一緒に頑張りましょう。そのためにはとりあえず、寝てきて下さいね」  そう千愛希に釘を刺されては、睦月も頷くしかなかった。 「仕事は体が資本だ。寝ずに努力すればいいものが作れるわけじゃない。体調管理をしっかりして、いつでも冴えた頭で向き合うことが大切だ」  千愛希が入社して間もなく、そう教えたのは睦月の方だったのだから。
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