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千愛希と睦月が向かったのは、近くの和食屋だった。チェーン店であり、個室も完備されていた。まだ夕食時には早く、個室の希望も通り2人は向かい合って堀ごたつに座った。
注文を済ませ、運ばれてきたお茶を一口飲む千愛希。いつの間にか口紅を塗り直したのか、艶のあるオレンジ色が眩しく見えた。
「さっき、田所さんが戻ってきたんです」
「……は?」
急に話を切り出した千愛希に睦月は間抜けな声を上げた。千愛希は顔色を変えず「迷惑をかけて申し訳ないって謝ってきましたよ」と言った。
「そうか……」
睦月は顔を伏せた。田所は前向きで仕事も好きな人間だったはず。入社した時から部下として面倒を見てきた。遅くまで残業し、勉強しながら努力してきた姿を見てきた睦月には、田所の絶望した顔が痛々しくてやるせなかった。
「はい。あの違法漫画サイトは、同じ事務所内のある人物から送られてきたそうですよ」
「……え? それって……」
「故意にウイルスを送り付けてきたということです」
「いやいや、待て。それだとこっちの情報を流すために田所を利用したって聞こえるんだけど」
「はい。そう言ってます」
千愛希はじっと睦月の目を見つめた。睦月はその美しく、透き通るような瞳にうっと体を硬直させる。
そんな目で見つめられたら逸らせない、とばかりに動揺しつつも同じように視線を合わせた。
「田所さんのパソコンにはメールは残っていませんでした。本人も監査の時に引っかかると困るから直ぐに消すように言われたそうです」
「一体誰から……」
「鍋田さんです」
千愛希はさらりと答えた。
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