見据える未来、払拭できない過去

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 睦月は表情をなくした。そんなはずはない。鍋田は起業して直ぐ入社し、この7年間共に会社を支えてくれた部下だ。オープニングスタッフに近い存在であり、誰よりも信頼を置いていた存在だった。 「そんなはずはない。あの鍋田に限って」 「鍋田さんってここに来る前はどこにいたんですか?」 「え……あ、」 「battere(バッテレ)ですか?」 「あ、あぁ……」 「今回、情報漏洩したパソコンを調べて所在地が明らかになったんです。そこはbattereの住所でした」 「……嘘だろ」  睦月は真っ青な顔をする。一番信頼していた部下に裏切られるなんて、そんなはずはないと目を泳がす。 「彼はプログラマーですよね?」 「ああ、そうだ」 「何年の経験を経てうちにきたんですか?」 「3年だ。そこから7年だから今は10年目になる」 「そうですか。てことは、私と同い年ですか?」 「あ、ああ。そうだよ。千愛希が入る少し前に入社してきたんだ」  睦月はさらりと名前で読んでしまい、一瞬はっと息を飲んだが、千愛希の方は気にする素振りはなく「だから余計に悔しかったのかもしれませんね」と言った。 「悔しかった?」 「はい。私とほぼ同時期に入社し、自分で言うのもなんですが私は成功者であちらは平社員ですから。10年目にして役職も得られず悔しい思いもしたでしょう」 「待て待て。悔しいって千愛希にか? そもそもお前達、そんなに面識ないだろ?」 「ないですけど、私達が交際していたことをあの人は知ってます」 「それと何が関係あるって言うんだよ……」 「以前鍋田さんと会った時には、本当に曽根さんのことを尊敬しているように見えましたし、私に対してもとても腰が低い人でした」  千愛希の言葉に睦月はふむ……と記憶を辿った。千愛希の方は、もともと上司の睦月に対して敬語を使うのは大した違和感もない。そもそも付き合ってから敬語をやめるのに苦労したほどだ。  入社した当時と同じように敬語で「曽根さん」と接する方が楽でもあった。決して千愛希に言葉で距離を図ろうとする打算はない。
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