見据える未来、払拭できない過去

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 千愛希の言葉に睦月は瞳を揺らした。  千愛希が事務所で見せた傲慢とも思える高圧的な態度は、社員達を一度は怒らせたものの、なんとかなると思わせてくれたんだ。  なんだかんだ、あの態度が社員達(あいつら)に事務所から離れても大丈夫なんだって思わせてくれたんだよな……。  全ての行動に意味があり、計算されたものだったか……やっぱり千愛希には敵わないな。  直ぐに蕎麦に視線を落とした千愛希を見ながら、睦月は苦笑する。  これからまた事務所に戻ったら作業再開となるだろう。今は千愛希の考えに乗る他ない。まずは盗聴器の存在と鍋田の処分、それからbattereをどうするべきか考えようと軽く目を伏せた。  食事を終えた2人は、並んで街中を歩く。とりあえずは今できることをしようと会話を続ける。2人の目は真剣そのもので、なんとしてでもアプリの配信と経営を守らなければと闘志を燃やした。  そんな2人の姿に、交差点の向こう側から歩いてきた男が気付いた。軽く眉を上げ、それからすっと目を細めた。  パリッとした綺麗なスーツに、左胸には天秤のバッジ。クライアントの元から事務所に戻るところだった律だ。  仕事帰りの千愛希と食事をすることもたまにあった。だから、彼女のスーツ姿を見るのも新鮮なわけではないし、隣の男と話す表情を見れば、仕事仲間だとわかる。  話に夢中になっている様子の千愛希はまだ律の存在に気付いていない。律の事務所までは、信号を渡らずビルの合間を通って行っても辿り着ける。  けれど律は真っ直ぐ信号を進み、千愛希と睦月の目の前で歩みを止めた。
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