見据える未来、払拭できない過去

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「守屋律と申します」 「……頂戴致します」  スーツ姿の律に、社会人としての礼儀はあるだろうと思っていた睦月ではあったが、名刺交換にまで至るとは思わず、慌てて自分の名刺を取り出した。 「改めてまして、曽根睦月と申します」 「頂戴致します」  お互いに名刺を見て、すっと表情を消した。  ……弁護士?  ……副社長?  それぞれの肩書きに、千愛希とはどんな関係かと頭を過る。ただ、律の方は先程の睦月の表情を思い出した。千愛希に向けた視線。それはまるで、想いを寄せる異性を見るようだった。  最近、千愛希の元婚約者が職場の上司だったことを思い出した律。睦月の視線の理由を探ればまさか、この男がその婚約者か? というところまでは辿り着く。  いや、ないか……。元婚約者と一緒に外回りまでしないよな。しかもあんな真剣な顔で、今まで通り何事もなかったかのように仕事の話をするか?  経営者は全部で5人いるはず。大崎社長には以前会ってるし、残りの4名の内1人か。単なる上司……? いや、待てよ……。  大崎のことを思い出した律は、更に記憶を辿った。まだ千愛希と出会って数ヶ月が経ったばかりの頃、大崎が律の妹である奏のファンだと知り食事会に誘われたことがあった。  奏は高校生の頃から読者モデルとして東京で仕事をしており、高校生卒業と同時に上京した。今ではパリコレクションにまで出場するモデルとなった奏は、大手企業のCMにも出演しており、大崎が是非スポンサーになりたいと声をかけたのだ。  大崎の仕事が上手くいったのも、奏のファンであった妻の栞と交際するきっかけとなったのも全て奏のおかげだと大崎は笑っていた。
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