見据える未来、払拭できない過去

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 律は事務所に戻ると真っ先にデスクに向かう。パソコンを開き、今会ったクライアントとの仕事ではなく過去の資料を探した。  曽根睦月。どこかで聞いたことある名前なんだ。絶対、どこかで……。  ファイルを探し、開いては閉じを繰り返す。事務所のパソコンでその名前を探すのは、おそらく仕事上で関わったことがあるからだと思えたから。  名前は思い出せなくても、脳がここにヒントがあると言っていたのだ。  曽根……曽根……。誰だ……。誰だっけ。  律にしては珍しいほどに悩む。記憶を掘り起こすのだって得意なはずなのにこんな時ばかり出てこない。 「あー、もう終わんない! 今日こそは定時で帰ろうと思ってたのに!」  向かい側のデスクでそう女性が叫ぶ。坂部淑恵(さかべとしえ)。38歳、バツイチ、10歳と7歳の子持ち。主に離婚問題を担当する敏腕弁護士だ。以前、まどかの友人の離婚調停を依頼したことがあった。  普段から大きなその声は、律の集中力を削る。  うるさいな……。もう少しで思い出せそうなのに。 「あれ、坂部先生、今日は絶対定時に帰るって言ってませんでした? ドラマが云々って」  からかうように他の弁護士に話しかけられている。 「そうなのよ! 続きが気になって気になって! 月9が面白くってさ、もうハマってんの! 録画したのに仕事に追われて観れてないのよ。あー! 気になる! 今夜こそ絶対観るって決めてたのに!」 「今、人気ですよね? 確か北山(きたやま)紗奈(さな)が主演でしたっけ?」 「そうそう! あのなりたい顔No.1女優の!」  楽しそうに繰り広げられる会話をよそに、律は大きく目を見開いた。
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