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律は、ピリピリとした空気を纏いながら仕事を続けた。無愛想で口数が少ないのはいつものことだが、今日はやけに機嫌が悪そうだぞ、と周りの弁護士達もちらっと律に視線を向けてはそそくさと自分の仕事に戻っていった。
なんで、あんなに平然と俺のことを紹介できたんだろ……。
律は、先程の千愛希の対応に疑問を抱く。普通なら元婚約者の前で彼氏に会ったらもっと動揺するはず。それが、本当にただの上司であるかのように振る舞った千愛希。
睦月の顔を見れば絶対にそんなはずがなかった。あの男が千愛希の元婚約者で間違いない。そう思えるのに、思えば思うほど千愛希の態度が腑に落ちない。
とっくに睦月のことなど風化されているのか、それとも恋愛感情を抱かなかった男のことなんて今更なんとも思っていないのか。
そう考えて、律はピタッとキーボードを打つ手を止めた。
恋愛感情……ないんだよな、俺にも……。
「私も律のこと好きだけど、多分恋愛感情とは違うと思うの」
今になって千愛希の言葉が甦った。「千愛希のことは人間として好き」そう言った律に千愛希が返した言葉。
律はその言葉を聞いて心底安心した。千愛希に対して恋愛感情はない。けれど、他の男に捕らわれて、自分との友情に終止符を打つのは嫌だ。そんな我が儘から付き合う提案をしたのだ。狡い提案にも関わらず、千愛希は快諾してくれた。
千愛希が律に対して恋愛感情がないというのも律にとっては楽でよかった。煩わしい思いをしなくてすむし、今後もお互い友情が主として側にいられる。
そう思っていた。実際、半年間それでよかったし疑問も抱いたことはなかった。
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