第一章 怪奇探偵、人喰い館の話を聞くのこと

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 翌朝、まだ明るくなる前に起きてしまった僕は欠伸をかみ殺しながら江ノ電に乗る羽目になった。さすがにまだ混んでいないだろうと思った七時台の電車は、しかし恐ろしく混んでいた。僕は三本は電車を遅らせてぎゅうぎゅうのすし詰め状態の車両にようやく乗る事が出来たのだった。  普段の通学ラッシュの倍の乗車率にウンザリしつつ、探偵社の最寄りまでの十分の旅路が長く長く感じた。  ボロボロの姿になりながら竜の口商店街に出ると、なるほど、いつか先生が言っていたように国道四六二号線、先生曰く片瀬県道と呼ばれるその道は本当に車でいっぱいだった。 「ヤア、これはボロボロだなぁ」  カラン、とドアベルを鳴らして事務所の戸を開けると既に起きていたのかバッチリと着替え終えた先生がそこにはいた。行儀悪く自らのデスクにドカリと座り込み珈琲を啜っている。 「お疲れの君には冷蔵庫にサイダーがあるよ。飲みたまえ」 「あの、いや良いです。ありがとうございます」  ぐったりとして文句の一つでも言おうとしたが、何とは無しにここで先生に口で勝てるとは思えずにすごすごと給湯室に向かって炭酸飲料を一つ手に取った。  そのまま約束の時間までお互いに飲み物を啜っては軽口を叩き合っていると、ちょうど約束の時間にコンコンとノックの音が響いた。  僕が緊張した面持ちになるのと先生がデスクからぴょん、と飛び降りるのは同時だった。椅子にかけていたオーバーサイズのジャケットとショルダーバッグを片手に「境くん」と先生は僕の名前を呼んだ。 「大丈夫だ。君の日常は僕が守ってあげよう。これから起こる事について、君は傍観者でいれば良いさ」  ニヤリと笑って先生はジャケットに腕を通して「はいはい今出るよ」と軽い足取りで歩き出した。  僕は、こんな状況なのになんだかその言葉がとても嬉しくて。僕はぎゅっと肩から掛けたショルダーバッグの紐を握った。  カラン、と先生がドアを開くとそこには昨日と寸分変わらぬきっちりとした印象の中川さんと、路上に止められた黒い高級車だ。 「おはようございます。それでは」 「ああ、行こうか。路上駐車はちょっとまずいからね」  と先生は一足早く事務所を出て行ってしまう。僕は預かっている事務所の鍵を使って戸締りをしてから振り返る。後部座席のドアを開けた中川さんが僕を待っていた。僕は慌てて先生が座っている後部座席に座ると、中川さんは優しくドアを閉めて運転席に回った。 「海岸線はもう渋滞がひどいですね。もしかしたら少し時間がかかるかもしれませんのでお許しを」  そう言って中川さんはシートベルトを締めてバックミラー越しにそう言う。 「ああ、分かっているさ」  言っている先生はやけに偉そうだ。僕はその隣でシートベルトを締める。先生は車が動き出してからもシートベルトをつける気配がない。 「先生、交通法規を守りましょう」 「安全運転を心がけてくれるなら大丈夫さ」  のんきに言う先生に、やっぱり口ではこの人には勝てないと確信した。良くないのに。良くないことなのに……! 「では、安全運転に努めましょう」  中川さんは大真面目にそう言って車を走らせ始めた。    
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